十二、忘れられないあの子

   十二、忘れられないあの子




「何年も前のことなんだけどね。不作が続いていて、王都も近隣の町や村も、荒れてたの」


 お昼もまだ食べてないのに、こんな話をするなんてね。


 先にごはん食べたいって、言えばよかったかしら。




「犯罪が増えて、兵士さえ略奪してたって話もあった。隠蔽されてたけど、目撃者もいるわけだしね。……そんな中で、憂さ晴らしだといって、女性を狙う犯罪も嫌なくらい増えていたわ」


「……本当に嫌なものだな」


「ええ。……それである日、重傷者を見てくれって、教会に女の子が運ばれたの。今の私と同じくらいの子だった」




 今でも、鮮明に覚えてる。


 正直に言うと、ほんとなら忘れてしまいたいくらい。


「とても酷い有様だったわ。でも、何をされたかはすぐに分かった」


 人として……女として……全ての尊厳を踏みにじられた。


「言わなくても分かるわよね? とにかく、数人では済まないくらいの数が相手だったと思うわ」




 私にどれだけの魔力があったとしても、誰も彼もを護れるわけじゃないと、本当に思い知らされた。


「その子の傷は、すぐに癒した。かすり傷ひとつ残さずに。でも……心まで癒せないの。記憶までどうにか出来る訳じゃない」


 人は、体だけが元気になっても、回復するわけじゃなかった。




「その子に最初に言われた言葉は、今でもずっと……耳に残ってる。……何て言われたと思う?」


「……絶望を口にしたのだろう。セレーナがまだ十くらいの頃か……辛かったな。だがセレーナは、何も悪くない」


 あれ~?


 なんか、言わなくても分かる感じ。なのかな。


 ゲンジも、似たような場面を見て来たのかしら。




「うん……。正解。『聖女様のお力で、せめて安らかに殺してください』って」


 やっぱり、言葉にするとまだ辛い。


 胸の中が、じくじくと痛み出してくる。


「セレーナ。すまない。辛いならもういい。よく分かったつもりだ」


 そんなに辛そうな顔しちゃったかしら。




「私もまだまだね。でも……ううん。今日は、聞いてほしいかな」


「……そうか」


 あらあら……そんなに優しい目で見られたら、ちょっと泣きそうになるんだけど。




「コホン。でもね、私は、何も言ってあげられなかったし、それ以上何も、してあげられなかった。教皇様が、教会で預かることにしたんだけどね。与えた部屋から一歩も出ないの。出たかと思えば、司祭や私をつかまえては、殺してくださいって」


 私は、首を横に振るしかできなかった。




 でも、自分が同じことをされたら、同じように言ったかもしれない。


 私は聖女なのに、この人を救えないんだって思って、とっても悲しかった。


 虚しかった。




「ひと月くらいかなぁ。その子、結局突然、見なくなったのよ」


 って、言った瞬間に両目閉じないでよ。


 もしかして、どうなったかも分かったのかな?


「……教皇様か?」


「えっ」


 ほんとに分かったの?




「セレーナの代わりに、殺してあげたのか」


 この人すごいわね。


 司祭の皆は、教会を抜け出してどこかに行ってしまったんだ。っていう結論で終わってたのに。


「どうして分かったの?」




「……その子の心が、辛さに耐えながら何十年も生きていく事ほど、生き地獄なものはないと思ったのだろう。俺なら……本当に安らかに眠らせてやれるなら、そうしてやりたい」


「でも、何も悪くない女の子を殺しちゃうのよ? きっと、一生苦しむわ。教皇様は、きっとずっと苦しんでる」


 私なんて、何もしてないのにこんなに苦しいのに。




「背負っていく覚悟を、決めたのだろう。……強い人だな」


 どうしてゲンジは、教皇様と同じような顔をするのかしら。


「……うん。ほんとは、私がしてあげられたら、良かったんだろうけど。同じ女として、痛い程気持ちが分かるから」



「セレーナまで苦しまないでくれ。その女の子も、君を苦しめたかったわけじゃないはずだ。あまりの苦しみに、君がまだ年端のいかない子だという事さえ失念していただけだろうから」


 ……驚いた。




「慰めてくれるのね。……ありがとう」


 やっぱり、言うんじゃなかったかなぁ。


 泣いちゃったじゃない。


 それに、優しくするなんてずるい。


 涙が、こぼれていくのを止められない。




「俺が余計な事を聞いたせいで、すまない。悪気は無かったんだ。許してくれ」


 どうしてあなたが謝るのよ。そんな必要ないのに。


「……はぁっ。別に、私が話してもいいかなって、思ったことだからいいのよ。逆に、変に気を遣われると調子くるっちゃう。ちょっと重い話で、ゲンジを少し困らせてやろうと思っただけよ」


 なんだろう。変なこと言っちゃった。困らせるとか関係ないのに……。


 この話は私の中で特別で、聖女としての存在意義を足元から崩されたっていう、大事な話。




「……困りはしないが、申し訳なく思う」


 なのに、なんて人がいいのかしら。


「もう! どれだけお人好しなの? よくそれで、今まで生きて来られたわね」


 いつの間にか、涙が止まった。


 こんなにしっかり受け止めてくれるとは、思ってもみなかったから。


 ゲンジって、よく分からないわねほんとに。




「ふ。そうだな。運が良かったんだろう」


 貶してやろうと思っても、スルっと躱されてしまうし。


 大人っぽい……のかな。


「……かっこつけすぎよ」


 とは言ったものの、自然体な感じがそれなりに雰囲気持ってる……みたいに見える。




「あっちの開けたところで、昼にしようか。少し休憩だ」


「え? やった!」


 ――あ。


 なんか普通にあやされてる……?


 いや、そんなそぶりなんて無かったのに間の取り方が絶妙過ぎて……普通に反応しちゃった。




 でも……ゲンジに話して、良かったかも。


 ちょっとだけ、胸に刺さってたものが軽くなった気がする……。


「(ありがと)」


「うん? 何か言ったか?」


 よかった。聞こえてないわね。




「ううん。何も?」


 年は少し……十くらいは上なのよね。


 レベルも3になったばかりなのに、妙に落ち着いてるのはなぜ?


 私の方がずっと強いから、素直になってしまうのは何か、悔しいのよねぇ。


 私が護ってあげないといけないのに、頼り甲斐あるのって……変なの。


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