十一、お約束
十一、お約束
旅を始めてから七日。一週間。
ただひたすらに歩く事が、こんなに辛いなんて。
「ねぇ、ゲンジぃ。少し休みましょうよ。もう無理……」
足の痛み、靴擦れ、それらを何度治癒しようとも、むしろすればするほどに疲労が溜まる。
「セレーナ。これで三度目だ。まだ昼前だぞ」
「急ぐわけじゃないんだし、もうゆっくりでいいじゃないのよ」
「……そうだな。急いではいない。が、急いだほうが良いような気もする」
「何よそれ……。そんなワケわかんない言葉で誤魔化そうとしないで。休みたいの私は」
ゲンジが無口だろうと、おしゃべりだろうと、ずっと一緒に居るから話も尽きる。
私も、もうとくに話したいこともなくなってしまった。
肝心なことは聞けない雰囲気出してくるし。
「それよりセレーナ。どうやら敵に囲まれたらしい」
「敵って……スライム君はそこまで言うほどのものじゃ……」
いや、スライム君が群れて囲んでくるなんて、そんな話聞いたことがない。
だって、知能があるかどうか、分からないくらいなんだから。
「前に五人、後ろに七人だな。飛び道具に気を付けろよ」
「えっ? どういうこと?」
「何を勘違いしている。野盗だ。自分に結界を張っておくんだ」
「野党? わ、わかったわ!」
まさか、魔物じゃなくて人に襲われるとは。
でも、実際のところは、私が傷を癒した人達も、その原因は人……野党や抗争がほとんどだった。
ゲンジが言った通り、あっという間に、合計七人に取り囲まれてしまった。
「なかなか勘がいいじゃねぇか。ま、だからと言って逃げられねんだから、さして意味はねぇけどなぁ? なんか貧乏そうだが……言う事は変わんねぇ。その馬と金目のものを置いて行け。いや……そっちのねぇちゃんもだ。へへっ」
「きも……」
べらべら喋るのも、その喋り方も、身なりも、仕草も、全部が気持ち悪い。
どうしたらこんなに気持ち悪い生き物になれるのかしら。
「セレーナ、下がっていろ。俺が相手をしよう」
えっ。レベル3には荷が重いでしょう?
「大丈夫よ。ゲンジこそ下がってて」
仮にも聖女よ? 人が相手になる程度の魔力なんかじゃ、ないんだから。
「おい……」
「ちょっと、ぐいぐい押さないでよ。私がするってば」
そんなやり取りをしていると、さっきの気持ち悪い人がまた喋った。
「ねーちゃんがいきなり相手してくれんのか! そいつは彼氏じゃねーのか?」
言う事が下種。品性の欠片さえ無くしているなんて、スライム以下ね。
「どうでもいいけど、私が聖女だと知ってのことかしら」
私を攻撃したり、変なことをしようとして、ただで済むと思ってるんだろうか。
「あん? 聖女様がそんなみすぼらしいかっこで、お供が一人とかありえねーだろ。もちっとマシな嘘つけや。まあいいから、金を出せ。んでお前は服も脱いどけ。そっちのにーちゃん縛ったら相手してやっから」
マジで、最悪なレベルで気持ち悪い。
「はいはい。それではさようなら」
私は、彼らの体に猛毒を生み出した。取り囲むためにある程度近付いてくれていたから、全員に掛けられたはず。
「うっ! うげええええええ」
びちゃびちゃと音をさせながら、彼らはかなりの勢いで吐いた。
そしてばたばたと倒れて、もがき苦しんでいる。
「聖女って、護る魔法だけじゃないの。悪い人には病気になってもらわうわね」
「こ、これがっ! びょ、びょうきだとぉぉ?」
彼らはあまりの苦しさに、目が血走っている。
「毒。毒よ。同じことでしょう? 病気も言ってみれば、体中に毒素が回っているんだもの。どう? 聖女だと信じた?」
「あ……悪魔……」
血走った目を見開いて言うものだから、さすがに少し傷つく。
「ひっどーい。手加減してあげてるのに。血の流れを止めても良かったのよ? でも、それをするとすぐに死んじゃうもの。ね? 優しいでしょ?」
「わ、わるか……た。たす……けて……しんじま、う。……た……む」
人は苦しいと、心に無いことでも必死になって言うのも、知ってるのよ。
「ほんとに反省してるのかしら」
「おい。殺すなら早く殺すんだ」
ゲンジ? ゲンジはどうして、眉をひそめて私を非難するみたいに言うのかしら。
「……こいつら、私を汚けがそうとしたのよ? 許せるわけないじゃない」
酷いことをされた女の子達が、どんな風に死んでいくかも知らないくせに。
「いいから……。お前がやらないなら俺がやる」
何よ。悪いことをしてるみたいに。こんなやつら、どれだけ苦しんだって構わないのに……。
「……いいわよ。助けてあげる。ゲンジに免じて助けてあげるわ」
「う……うおぉ……。死ぬかと思ったぜ……まじで…………すみません」
殊勝だこと。
「ふん。あなた達、生活が苦しいのかもしれないけど……なんとか真っ当に頑張りなさいよ。でもやっぱり、乙女を汚そうとしたのは許せないわ。下半身に付いてるもの、つぶしちゃおうか」
そのくらいしないと、また酷いことを平気でしそうだもんね。
「ひぃ! もうしません! 絶対しませんから!」
み~んな、辛い目にあった直後だけはそう言うのよ。
「私、そういうの信じちゃいけませんって教わってるの。きっともう、初めてじゃないわよね?」
手慣れてるし、絶対に初めてじゃない。
「つ、償いますから! いや、やってない初めてだ! だからどうか、どうかご勘弁を!」
嘘まで吐くんだ。
「だめ……。そういうの、都合良すぎるのよ」
ほんとは、もっと苦しめてやりたいけど。潰すだけで我慢してあげる。横にうるさいのが居るから。
「ぎゃあああああ」
魔法って便利。ほんと、これが無かったら私も、被害者の一人になってたのよ。
「痛いのは……最初だけだから。ふふ。すぐに慣れるわよ」
数年かけて苦しみながら死ぬ魔法も、研究しておけばよかった。
そしたら、ゲンジにバレずに、こいつらを苦しめられたのに。
「お前……案外容赦ないな……」
引かれたって、これは譲れない。
「つぶした後、軽く治癒も掛けてあげたのよ? ほんとならつぶしたままにしてるわ」
「そ、そうか……そうだな。優しいな」
「そう。分かればいいのよ」
「まあ……じゃ、行くか」
「あ、まって。こいつよね。私のこと、悪魔って言ったの」
大事なことなのに、忘れてっちゃうとこだった。
「あ、あああああああ! まだなにかするのかよ! ゆるしてくれえええ!」
痛みで逃げられないのに、どうにか動こうともがいてる姿って、見ていられないわね。
こいつらが苦しめた女の子達は、絶望して身動きさえ出来なくなっていたのに。
「ねぇ。私は聖女なの。分かった?」
「わわ、わか、わかりました! 聖女様! どうか、どうかご慈悲を!」
「ほんと失礼なやつ。何かちょこっと、呪っておいてやるから」
「ひでぇよ……もうかんべんしてくれよ……」
「うっさい。つまずいてこける程度よ。ビビり過ぎ」
「うぅ」
自分より強いと分かったら、こうして手の平を返す。
弱い者から奪えるだけ奪って、命乞いするなんて本当にクズよね。
「さ。行きましょ。なんかムカついたらおなか減った」
「お、おぉ。もう少し進んだら休もうか」
こいつらが視界に入るところは嫌だから、少しじゃなくてしばらく我慢しよう。
**
「セレーナ。さっきの事なんだが……俺はいたぶるのは好きじゃない。殺すなら――」
何よ。お説教なんて聞きたくない。
「――迅速に殺せ。時間を稼ぐ隙を与えない方がいい。動けるやつが何か手を打ってくるかもしれないからな」
「あ……はい」
なんだ……思ってるのと違ったわ。言い方が紛らわしいのよ。
「それより、誰かに襲われた事があるのか? 辛いなら次からは俺が戦うから、セレーナは――」
「――誤解しないで。私は清い体よ。でも……」
どうしよう。ゲンジに話したところで、どうしようもない話だけど。
「セレーナがあんなに怒る理由を、知っておきたい。無理にとは言わないが」
「……聞いて後悔しないでね」
「ああ。しない」
――真面目な人。険しい顔つきに、鋭い眼光。何度も苦渋の中を生きて来た、みたいな。
そんな目でまっすぐ見られたら、まあ、言ってもいいかって思っちゃうわね。
こんなことが起きる度に、いちいち気にされてもめんどくさいし。
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