十、野宿の夜
十、野宿の夜
「しばらくの火はあるが、朝までは持たない。明け方はまだ寒いだろうから、マントにくるまっておけよ」
ゲンジは、夕食に簡単なスープを作ってくれた。
イモは扱いやすいからと、多めに買っているらしい。その何個かと、干し肉を入れた薄味のスープ。
デザートにリンゴも、半分こしてくれた。
正直、私なんかが下手に手伝おうものなら、邪魔になっていたに違いない。
そして、辺りが真っ暗になると、私は口をつぐんでしまった。
焚火のゆらめく明りだけが、ほんの近くを照らす。
空には星が沢山出ているけど、地面までを照らしてくれるわけではない。
真っ暗な夜。
教会では、常に火が灯されていて、真っ暗になることなんてなかった。
でも、もしかすると私の部屋周りだけだったのかもしれない。
私が怖がらないように。
「そろそろ寝るといい。眠れなくても横になっていろ。見張りは俺がしておくから」
ゲンジは、口数が少ない。
言いたい事だけを言うと、何も語らずに黙ってしまう。
寡黙な人は嫌いじゃないけど、今日は何か喋ってほしかった。
彼がどんな人なのか分からなくて、少し怖い。
男の人と二人きりで、しかも結界を自分に掛けていないのが心細い。
「……見張りは、しなくても大丈夫よ? 結界、朝まではもつと思うから」
彼は、「そうだったな」と短い返事をしたかと思うと、また黙ってしまう。
「それより、何か話してよ。色々あり過ぎて、寝付けないもの」
寝付けない。
暗いのも怖いし、これから先も……不安でたまらない。
今すぐ司祭達が来てくれて、やっぱり教会に戻れたりしないかな。
「そうか。と言ってもな……。俺の話なんてつまらないぞ」
「そんなの、何だっていいのよ。子供の頃の話でも、楽しかった話でも、旅の話でも」
そう言って、私は彼の方を向いて横になった。
短い草が、ひんやりと気持ちいい。
「ああ。おっと、マントを下に敷くようにして包まるんだ。朝になると服が湿ってしまうぞ」
「そうなの? 私ったら、何も知らなくて……」
こういう豆知識でもいいから、何でも喋ってよね。
でもそうか、だから革製の厚手のマントなんだ。これからの季節、暑くないのかなって思って不思議だったのよね。
「まあ……言って信じてもらえるかは、分からないが」
あら、語り出してくれた。
火に照らされる彼の顔は、どこか寂し気な気がするけど。
「俺は、ニホンという国に居た。ここから帰れるか分からない。とても遠い国だ」
「へぇ……聞いたことのない国。海を渡るの?」
「そうだな。海に囲まれた島国だ。世界に誇る山もあるし、歴史もある、いい国だった」
だった?
「だが、他国のスパイにいいようにされてな。滅んでしまった」
「ええっ? ちょっと、大変じゃないのよ」
マントを敷いて寝転び直したのに、飛び起きてしまったじゃない。
「ははっ、飛び起きるほどじゃないさ。割とよくある話だろう?」
「そ、そういうものかしら……」
彼は確かに、そんなに辛そうな顔はしていない。
「そ、それで? ていうか、スパイだけで滅んじゃうものなの?」
「お人好しというか、呑気というか、少し人を信じすぎる所がある国民が多くてな。政治の中枢にまで入り込まれて、他国の食い物にされてしまったんだ。生活が困窮して、国民が気付いた時には、もう遅かった」
「そんな……」
「まあ、それはそれで、仕方がないさ。クーデターが起きた最中に妻子を失ったのは、辛かったが。それももう、本当に遠い昔の事だ」
「そう、なんだ。ごめん……なんか、そこまで聞いてやろうなんて、思ってなかったのよ?」
「俺が話したんだ。気にするな。というか、ここからが本番だぞ? 俺のことが分からなくて、本当は少し怯えさせているだろう」
キャー。バレてたんだ。
「えっと……その、少しだけよ? 戦ったら、きっと私が勝つ自信はあるもの。でも……何かちぐはぐな感じが、気になったの」
本人に言ってしまった……。
「ハッハッハ。いい目をしている。そうだな……もう一つ妙な話をするが、俺はこの世界の人間ではないらしい。俺の星はチキュウと言ったが、どうやらここは別の星だ。世界の全てが違う。似たところもあるが……そうだな、人が居るというのが、とても不思議だ」
何を言い出してるんだろうこの人。戦争で頭がおかしくなった系の人なのかな……。
「おい。今失礼なことを考えただろう。だが、勇者召還とやらで俺を呼び出したのは、お前達じゃないか。おっと、セレーナのことを言ったんじゃないぞ。国王達が、だ」
まあ……言われてみれば、そうなるのかしら。
「……実は私も、その勇者召還って、何をどうしているのか知らないのよね。王族の秘技だとか言って」
「魔法があるし、魔物も居る。俺の居た世界からすれば、それだけでも不思議なことなんだ。勇者召還が何であれ、実際に呼び出されたわけだしな。だから……言ってみれば俺は、おのぼりさんみたいなものだ。怯えるよりは色々と教えて欲しい。年は俺が上かもしれないが、セレーナはこの世界の先輩だからな」
何か……とてつもなく大事なことを、はぐらかされたような気がするけど。
「……旅慣れているのに?」
「旅はどこでだって出来るだろう」
そういうものかしら?
まあ、ゲンジの住んでいた国で、していたのかもしれないか。
「……旅は、好きなの? 何かを好きな人って、好きなもののことを、色々と語るじゃない。でもゲンジは、淡々と仕事をこなす感じだったもの」
ゆらめく火が、ゲンジの表情を見えづらくしている……。
「ほう。鋭いんだな。セレーナはきっといい女になる」
「はぁ? そういうことじゃなくて」
こいつ……何だかんだで、核心からずらしていくじゃないのよ。
「まあ、また今度な。それは、あまり楽しい話じゃないから」
あっ……。さっきの、クーデターの、戦争の話になるのかな。
「そう……なんだ。じゃあ、また今度にしてあげる」
「ああ。火も、あと一時間も持たないだろう。暖かいうちに眠っておくといい」
なんか……余計に謎が深まったわ。
でも、悪い人では……ない。かな?
「いっとくけど、私に触れたら、知らないからね。ヘンなことしないように」
「それは安心してくれ。女、子どもを護るのは、男の義務だからな。つまらんことなどしない。これは俺の生き方でもある。何かに誓えと言うなら、それに誓ってもいい」
……へぇ。
すごく真面目な顔を、見ちゃった。
「ううん。いいわ、その言葉を信じる。信念を持ってるかどうかくらい、私にだって分かるんだから」
……たぶん。
「ふっ。ありがとう。これからも、信頼に応えよう」
それは、かっこつけすぎでしょ。
逆にダサいまである。
……けど、まあ、ちょっとだけは。いい感じかもだけど。
「……おやすみなさい。ゲンジも眠ってね。私も戦えるんだから――」
そう言って横になったまでは覚えてるのに。
私は朝まで、ぐっすり眠ってしまった……。
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