九、野宿

  九、野宿




 夕方まで、まだ少しあるくらいなのに。


 勇者様は「そろそろ野宿の準備をするか」と言って、街道を外れて程良い場所を探してしまった。




「早くないですか?」


 聞いたものの、そう言えば司祭達も、夕暮れよりも随分前から、野営の準備をしていたような気がする。





「暗くなる前から始めるんだ。このくらい余裕がある方がいい」


「そうですか……私が遅いせいで、あまり進めませんでしたね」


「最初はこんなものさ。明日は朝から歩くから大丈夫だろう」


「あぁ……はい。がんばります」


 そう聞くと、今からげんなりしちゃうけど。





 それよりも本当に、テントも何もないんだ。


 馬に担いでもらっているのは、ほとんどが水と食料。


「火にくべられるものを探してくる。無ければ今日は干し肉だけだ」


「あっ、えぇ。はい」


 そう言って勇者様は、木が点在しているところに行ってしまった。





「行動、はや……」


 草原は、こういう時に不便なのかもしれない。


 でも、私は虫が少なくて好き。


 木の多い所は虫だらけで、正気を保っていられないもの。





 ……ところで、勇者様が戻ってくるまで、私は何をしてればいいのかしら。


 結局、司祭達に全部お任せしてた時と同じ。


 行ってしまう前に、何か出来ることはないか聞いておけばよかった。


(だめな女みたい……)


 いや……これはもう、すでにだめなのでは?





「う~ん……」


 気になって、座るのも憚られるし。


 ああ、そうだ。


 魔物が寄ってこないように、浄化と結界でも張っておこう。





(範囲は……馬と勇者様と、私が横になっても少し余裕があるくらいかな)


 あまりに広範囲にすると、魔力が根こそぎ持っていかれてしまう。


 一度だけ、王都全部を囲ってみた事があった。


 半時間くらいで、魔力が尽きて倒れてしまったっけ。





(朝まで、か。ちょっと踏ん張らないとね)


 ――聖なる祈り。我が祈り、願いを込めて。清らかなる我らを護りたまえ。


「聖なる祈り、我の祈りを捧げ、願う。我らにひと時の聖域を授けたまえ。穢れを払う清き鳥籠を……」


 ――我、女神の子セレーナの名において、真なる祈りを捧ぐ。





 ……ふう。


 やっぱり、長時間維持するのって、祈らないと出来ないのよねぇ。


 それに野宿だから、けっこう気合い入れちゃった。


「セレーナ。祈っていたのか」


「にゃっ!」


 気配もなく急に名前で呼ぶから、びっくりして「なっ?」を噛んじゃったじゃない。





 ……これは、無理にでもスルーしてやる。


「あら、おかえりなさい。はい、魔物が寄らないようにと。今日は見張りしなくても、朝まで大丈夫ですよ」


 実際、司祭達と各地を巡った時も、結界を張って魔物に夜襲されたことはないから。本当よ?





「そうか。それは助かる。セレーナの力はすごいものだな」


 ふふ。


 褒められると、やっぱり嬉しい。


 そしてさっきのは、見事に無かったことになったわ。





「そうだ勇者様。次からは私に出来そうなこと、指示して行ってください。何もせずに待っているのは、足手まといで嫌なんです」


 雑用だって、これからどんどん覚えていくつもりなんだから。


「足手まといか。その結界だけで十分過ぎるほどなんだがな。それでもと言うなら、簡単な事から教えよう」


「え? あ、はい。お願いします」





 そうか。結界だけでも、そんな風に思ってもらえるんだ。


 それなら…………よかった。


(あれ?)


 でも、「結界」だとは言ってないのに。「勇者」だと分かるのかしら。


 ……まあ、勘のいい人は何か感じるみたいだし、この人もそういうことなのかな。





「そういえば、セレーナ」


「はい?」


「俺の事も、ゲンジと呼んでくれていい。旅の仲間なんだ。気楽にしてくれ」


 そういえば、なんだか立場も逆転して、勇者様で馴染んじゃったのよね。





「……私、丁寧な態度は表向き用で……普通に喋ったら生意気な小娘よ? それでも、いいの?」


 教会でも、教皇様によく叱られた。司祭達にも手を焼かせてたわ。もう少し上品な言葉遣いをしなさい、って。





「ハハッ。構わんさ。俺もこの話し方を変えるような、器用な真似は出来ないからな」


「……王城ではなよなよ出来てたじゃない?」


「あれは……かなり集中して、頑張った結果だ。もう出来ないさ」


 そう言って軽く笑うのってなんだか、頼れる気さくなお兄さん、て感じね。


 いや、貫禄はおじさんみたいだけどね……。





「ありがと。なるべく丁寧に話すつもりだけど、基本はじゃじゃ馬だろうから先に謝っておくわ」


「元気な方がいいさ。気楽に出来ないと、徐々にバテるからな」


 そう言いながら、彼は大き目な石を適当に囲い置いて、拾ってきた木を適当にそこに組んでいく。


 たぶん、火を付けるのに地面の草が邪魔なんだろう。司祭達も似たようなことをしていた。


 湿気が邪魔だとか何とか。逆に乾いた草だと、燃え広がっても困るのだとか。





「……ふぅん? まあ、それじゃ改めてよろしくね、ゲンジ。頼りにしてるわ」


「ああ、よろしくセレーナ」


 魔法で火を付けようかと言いかけた時には、彼はすでに、火を起こすのに成功していた。


 種火に息を吹きかけると、小さな枝を集めたところに火が燃え移っていく。





 ゲンジ、か……。


 よく分からない人。


 王城では別人みたいで、言葉も知らなかったと言っていたのに。


 今は……買い物も一人で出来るし、何なら私よりも物の相場を知っている。




 スライム君とは初めてなのに、的確に弱点に近付く思考力があって、レベル1とは思えない戦い慣れした感じ。


 レベルの上がり方は異常。


 それから、旅にもすごく慣れてる。





 細身だけど背が高くて、短い黒髪に黒い瞳。今は精悍な顔つきで目つきは鋭い。


 ……やっぱり二日程度じゃ、何も分からないわ。


 王命で無理矢理、この人と旅をすることになったけど、勇者だから善人とは限らない。





 昔の勇者の、酷い話も聞いた。


 その力を悪用して、行く先々で女性を襲ったり、斬り捨て御免とばかりに反抗する人々を斬り……とにかく悪行三昧を繰り返した人。


 力に溺れた人間は、元が平凡であっても、突然悪逆の限りを尽くすようにもなる。




 その悪の勇者は、教皇様が討ったのだとか。


 ――今夜は、周囲に結界を張っているから自分への結界を張れない。


 もしも野盗やゴブリンどもが来たら、その方が厄介だから。


 二重に張ったことがあるけど、二つとも維持するのは無理だった。




 だから、彼に襲われたら、すぐに自分に掛け直さないといけない。


 その時は、私に触れている部分が千切れ飛ぶでしょうけど。


 ……襲う方が悪いのよ。だからゲンジ、襲わないでね?


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