八、弱いはずなのに
八、弱いはずなのに
馬を一頭買ったというのに、基本は荷物専用で私を乗せてくれない。
王都近郊の畑地帯を抜けると、そこは平原……と言えば平原だけど、木々もあれば深めの茂みも点在してる。
肥沃な土地なので、植物達も旺盛なんだろうと思う。
そう。
私はついに、本当に王都を出発してしまって……ずっと歩いてる。
地図を見せてもらったら、大陸を分断する山脈の西側の、真ん中左寄りに王都があった。
この西側というのも、かなり広い。
何本か大きな川もあって、そして、色んな所に×印や〇が書き込まれている。
とにかく、次はこの辺りだと〇印のひとつを指差されて、そこまで歩いて一週間はかかると。
その印はすぐ近くにあるのに、それでも一週間。
舗装された道があるだけ随分マシだと言われた。
さらに……馬を使いつぶすなら荷物ごと乗ればいいが、次に買うお金は無い。しかも馬が可哀想だろうと言われては、歩くしかない。
だから慣れないブーツで、すでに足が痛い。
「ちょっと待って、治癒したい」
こんなに頻繁に、自分に治癒を施すのは初めてよ。
「まだ少し早いか? だが、これ以上ペースを落とすと予定内に到着出来なくなる」
勇者様は平然としてるのね。
「治癒しなくても平気なの? ついでに掛けておくけど」
やせ我慢してたりして?
という期待に似た感情は、すぐに潰された。
「大丈夫だ。慣れているからな」
この人は、一体どんな人生を歩んで来たんだろう。
王城を出てからの彼は、ぶっきらぼうな所はあるけど、頼りになる。
旅支度も任せてしまったし、次の町への移動計画も、彼の情報収集と経験から、練ってもらったし。
「……あなたはなんでも出来るし、私の立場が無くて惨めな気分……」
あぁ。これは、言ってはいけない言葉だった。
私って、こんなに弱くて何も出来ない存在だったの?
聖女として……。
そうか、聖女の仕事しかしなくていいように、皆が支えてくれてたんだ。
頭のどこかでは分かってたけど、当然だと……思ってしまってたのね。
だから、そんなワガママな聖女なんて、いらない。
……って、思われてもしょうがないか。
「聖女様も、少しすれば慣れるさ」
適当な慰めね。
って思ったけど、その顔は反則。優しい顔、するんだ……。
王城を出てからは、たった一日で勇者様はどんどん鋭い目つきになっていくし、まるで歴戦の戦士みたいな厳しい顔で、ちょっと怖いし。
なのに今、突然の優しい微笑み。
……こいつ、出来る。
「ところで、ほんとにいくつなのよ。私はたぶん十五歳。名はセレーナ。セレーナ・フェイ・ギルグエント。もう名前で呼んでくれて構わないわ。全然聖女っぽい事してないし、足手まといだし……」
最初に、きつく当たったりしなければ良かった。
上から目線で、ヤな女だったよね。
傲慢になってた。
皆からずーっと、聖女様って、ちやほやされて。
「そうか。なら、そうしよう。セレーナ、俺は……ゲンジ・イワクニ。自分で名乗ったのは初めてだったな。失礼した」
あれ、そうだったっけ。
そうか、国王が紹介してくれて、だけどずっと距離を取ってて……勇者様って呼んでたから。
イライラしてたからって、人の名前をちゃんと聞かなかったのは、反省しないとだ。
「ゲンジ……イワクニ? なんか、響きはかっこいいけど珍しい名前ね」
「そうだな。遠い所から来た。見た目はおそらく、二十代半ばくらいだろう。だが、ここに来てからは――」
勇者様がそう言いかけた時。
見慣れた魔物が、少し離れた茂みからひょこっと顔を出した。
「――魔物か」
す、スライム君だ。
「それ、殴っても斬ってもなかなか死なない、畑を荒らすめんどいやつなの」
半固形。いや、半液体?
ぶるんぶるんした、ちょっと気持ち悪いやつ。
「似たようなやつは、どこにでも居るのだな」
「うん?」
任せてもいいのかな……一応、光魔法で焼き殺せるけど。
でも、火事になるとそれも面倒だし……圧倒的なパワーで弾き飛ばすのが流行りで、大きな鉄のハンマーなんかで殴る人が増えた。
ちなみに、弾き飛ばすのは、遠くに、ではなくて、弾け飛ぶ。が正しいんだけど……。
「斬っても意味がないな……」
あらら~……苦戦しておられる。
でも、ここで勇者様の実力のほどを見ておきたい気もするし……。
うん。しばらく見てよう。
あ、でも。一応声をかけておこうっと。
「手伝いましょうか……?」
あくまでも、遠慮気味に。
倒してレベルが上がると嬉しいだろうし。
「……いや、何かコツがありそうな気がする。もう少しやらせてくれ」
研究熱心な人なんだ。
こうやって、戦い方ひとつでも性格が出るのよね。
色々と試しながら、自分なりに良い結果を導き出そうとする人は……伸びる!
かく言う私も、あれこれと魔法を研究したしね。
治癒や解毒を求められてたから、かなりそっちに特化したけど。
「剣より殴ってみるか。弾性があるということは……」
お、なんか正解に近付いてる。
滅茶苦茶斬りまくってたけど、破片同士が引っ付くと再生するのよね。
でも、まるごと潰すと、二度と動かなくなる。
素手で殴り潰す人は、まだ居なかったと思うけど……。
って、ええ~?
真上に、めっちゃ蹴り上げた……。
ものすごく飛んで行ったけど、どんな脚力してるのよ。
お~……落ちて……って、すごい速度で落ちてくる!
――べちょっ!
「うぇ~。なんか、地面に広がってるじゃん……うっすい水たまりみたいだけど、まだ生きてるから微妙にウネウネしてるし……きもちわる」
これからは、水たまりは踏まないようにしよう……スライムだったらヤだし。
「これか」
勇者様はそう言うと、地面に打ち広げられたスライム君を、剣で突き刺した。
「いやいや、剣じゃ無理だったでしょ? こいつは――」
って、あれ?
ウネウネしてたのが、なんか心なしか、死んだような感じがする。
「やっぱりな。核らしきものがあると思ったんだ」
「かく?」
この人は、スライム君の新しい倒し方を発見したんじゃないだろうか。
「こいういう手合いは、単体型なら核がある。集合体なら燃やし尽くすしかなくて厄介だが」
「単体型? しゅうごうたい?」
ちょっと、よくわからない。
「まあ、弱点があるってことだ。それを壊せれば、剣でも何でも倒せるのさ」
「へぇ~……。なんだか、勇者様ってすごいのね」
普通にすごい。皆苦戦して、出ると厄介極まりないのに。
特に畑で。
多くはないけど、倒しにくいからめんどくさいのよね。
流行りの叩き潰すのは男の人か、女性ならわりと力の強い人しか出来ないし。
「この倒し方、皆に教えてあげると喜ばれると思う」
「そうか。核の見つけ方が、もう少し簡単になればいいんだがな」
確かに、あんなに高くは蹴り上げれないもの。
「また出たら、色々と試してみよう」
「そう……ね。お任せしますね。私には、よく分からないもの」
ところで……。
今ので、勇者様のレベルが上がったか、見てみよう。
(エネミーステータス、オープン)
「――んっ?」
「どうした」
変な声出ちゃった。
「な、なんでもないの」
「……ならいいが。時間を食ってしまった。先を急ごう」
「は、はい」
何これなにこれ?
この人、おかしいわ。
レベル……普通ならひとつ上がればいい方なのに。
(3になってる……。しかも、スライムキラーって何?)
弱点見つけたら、そういうのが付くの?
そもそも、スライム一匹倒しただけで、こんなにレベル上がるなんておかしいのよ。
2にはなっても、スライムだけだとそこからが長いのよ?
大きめのゴブリン倒したら、やっと3になるかなってとこなのに……。
(勇者って、何か特殊なのかしら……)
「どうした。また足が痛むのか? そんなに見られても、言ってもらわないと分からない」
あっ。
めっちゃ見てた。ステータス越しに、ガン見してた。
「い、いえ。その、魔物を倒すのも、いろいろあるんだなって」
「……興味があるなら、もう少しコツを掴んだら教えよう」
「ありがとう。さっきのは、よく分からなかったから助かります」
……この人、得体が知れないわ。
勇者……。勇者って、何なのかしら。
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