七、旅立ち?

  七、旅立ち?




「な、ん、で。同室なのよ!」


「節約のためだ。路銀は無駄にできない」


「いやいやいや、あなたねぇ!」


「護衛も兼ねている。騒ぐんじゃない。聖女様はベッドを使う。俺は床で寝る。それで問題ないだろう」




 護衛って……絶対に私の方が強いと思うけど……あなたレベル1じゃないのよ。


「そうじゃなくて、って……もういい。結界張っておくから。触れようとしたら指なんか千切れ飛んじゃうからね」



「その状態で寝坊するなよ? 結界張ったまま明日の昼まで寝て、身動き取れんなど……無いようにな」


「っくぅぅ! むかつく」


「おやすみなさいだ。灯りを消すぞ」




 何よなによ何よ!


 なーんか、主導権めっちゃ取っていくじゃん。


 偉そうなのは慣れてきちゃったけど、同室とか私の許可取ってからにしなさいよ。


 はぁ。


 ていうか、服を脱ぎたいのにあいつ全然気遣いとか無いし。皆無だし。




 ……でも、これだけ暗いと、見えないわよね?


 寝間着が無いにしても、服は脱いで寝たいのよね。


 明日からは聖女のこれじゃなくて、新しく買った――違う。頂いた、旅服を着たいし。


 まったく……男の人と……同室で寝るだなんて……。



   **



「聖女様、いい加減起きてくれ。本当に昼になってしまう」


 ……うーん。


「もうちょっとだけ。今日の奉仕は、お昼からに……」


 ……あれ。


 私、追い出されたんだった。



「そっか、勇者様と旅しないとだったね。いや、ですね?」


 昨日はずーっとイライラしてたけど、もっと落ち着いた話し方しないとね。品がなくなっちゃう。


「それから、その……服を着てくれ。向こうを向いているから」


 …………。


「え?」




 昨日……脱いだ……。


 脱いでた。暗いからって。


「ちょ、ちょっと。部屋から出ててもらえます?」


「そ、そうか。そうだな。そうする」


 ……私、今どんな格好してるかって。





 すっぽんぽんで、かろうじて毛布にくるまってる……ちょうど勇者様に背中を向けて。


 けど、背中はスースーしてる。


「あいつ……私の柔肌を見たわね……」


 半分は自分のせい、なのかもしれないけど。




 ……おしりまで出してなかったことを、女神アシ様に感謝しよう。


 まだ春で良かった。夏だったら、おなか出して寝てただろうから。


「あぁ……ほんとに。次からは別の部屋にしてもらうから」


 勇者様は部屋の前に居るだろうと、少し大きな独り言。



 いつから見られてたんだろう。


 ていうか、先に起きようと思ってたのに。


 ……疲れてたのね。



   **



「……お待たせしました」


 肌を見たことに、まだ納得はしてないから。


「いや、そんなに待ってはいない」


 当然よ。ダッシュで着替えたんだから。


 荷物は、ほとんど無いし……。




「ところで、この服。どう? かわいい?」


 旅服なんて初めて袖を通すから、少し楽しい。


 生成りの長袖シャツと茶色の長ズボン。厚みのあるゆったり綿素材で、着心地もいい感じ。


 それと、ポケットの沢山付いた焦げ茶色のベスト。縁取りの赤い糸がアクセントな感じで、気に入ったのよね。





 気になるのが……ベスト以外は、勇者様と若干、お揃いみたいになったこと。


「……旅人に見える。良いものを選んだな」


「……ふ~ん?」


 もうちょっと、こう、テンション高めに褒めてほしかったなぁ……。



 そう思うと、司祭達は沢山褒めてくれたし、可愛いとか綺麗とか、いっぱいおだててくれてたんだ。


 もっと、素直に喜んでおけばよかった。


 そんなおべっかさえ、もう……聞けないんだね。





「そういえば、魔族領ってどうやって行くの? 私、司祭達なしで長旅なんて、したことないんだけど」


 長旅と言っても、せいぜい五日くらい。その前に次の村や町に到着する。


 逆にそれ以上遠いところは、魔物や盗賊なんかが出て危ないからと、行った事が無い。





「馬を一頭、買ってから行こう。昨夜のうちに簡単な地図を手に入れておいたが……王都からは結構な距離だ。焦らずに進もう」


 地図があるなら……ちゃんと進めるのかな。


 自分でしなきゃいけないことが、全然分からない。




 今不安なのは、食べ物や寝る場所のことだけ。


 あとは、本当に私は、このまま王都を出て行くんだ。っていう、漠然とした焦り。


「不安そうだな」


 顔に出ちゃったか。





「……そうね。実は下着を買い忘れてたから、それも買いたいし。勇者様はデリカシーが無いし」


 ……文句しか言えない。


 でも、部屋の取り方を相談しない事とか、着替えたいのに仕切りも無いとか、勝手に肌を見た事とか……色々あるんだもの。





「なら、まずはそれを買いに行こう。聖女様が買っている間に、水と食料なんかを買ってくる」


「あ……はい」


 そういえば、もうわりと流暢に話してるけど――。





「言葉は? もうだいぶ話せるの?」


「お陰様で。買い物くらいは出来るさ」


「そうなんだ……」


 めっちゃ賢くない?


 そんな数日で、言葉って覚えられるんだ。


 私、地方の方言だらけの人とさえ、会話できなかったのに……。





「コツがあってな。相手の感情を見るんだ。それに合わせていれば、身振り手振りで会話が成立していく。それで覚えていくんだ」


「へ……へぇ~」


 わかんない。そういうもんなの?


 この人、実はほんとに『伝説』な人なのかな……。





「警戒している。怒っている。喜んでいる。そういう分かり易い感情は、どんな人も共通しているから」


 めっちゃ語ってくれるけど……でも、そうか。


 方言きつい人も、私にすごく感謝してくれてるだろう事は、分かったものね。





「それでも、そこから言葉を使えるようになるのは、すごい事よ」


 それは素直に、そう思う。


「そうか? ありがとう」


 あなたは割と無表情、ですけどね。


 あぁでも。今は少し、笑ってるのかな。目じりが少し、下がってる。

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