六、教会での交渉

   六、教会での交渉




「ダメです。聖女様。お通し出来ません」


 馬車代を節約して、割と遠い教会まで歩いて来たのに?


「教皇様を呼んで」




「それも無理です。聖女様を、もう教会に戻すことは出来ないと……」


 やっぱり……国王との取引、済んでたんだ。


 私はもう、ここにはいらないんだ……。




 どうしよう。


 ほんとに、旅に出ないといけないの?


「ねぇ! 理由だけでも聞かせてよ! 教皇様は何て言って、私を追い出すのよ!」


 門番係に聞いたところで、何も知るはずがない。


 分かってるけど……。




「すみません。我々には、何も……」


「じゃあ、私物だけでも返して。あれは……私の……」


 思い出とか、そういうのまで……取り上げないでよ。




「すみません……聖女様。本当に……我々は、お通しするなとしか」


 そうよね。


 うん。知ってた。


 知ってたわ。




「……うん。ごめんね。教皇様に……あと、司祭の皆にも……」


「……はい」


「呪ってやるって、伝えておいて」


「えっ! いや、それは、聖女様! 我々はそんな!」



 知らない。


 皆嫌いになりそう。


 ううん、もう嫌いかも。


 ほんとに呪ってやるんだから。


 ……呪ったことなんて、ないけど。




「さよなら。もう皆と、一生口聞いてあげないから。ばーか」


「そ、それが一番辛いです……」


 知らないわよ。




「行きましょう。勇者様。交渉どころじゃなかった」


「……そうか。厳しいのだな」


 厳しいっていうか……。


 はぁ。もういい。




「もういいわ。日も暮れてきたし。ていうか、今日から野宿なの? お金はまだあったでしょう?」


「あまり無理は出来ないが、今日くらいは……。だがまあ、聖女様が適当に祈ってやれば、金持ちどもから寄付を貰えるんじゃないのか」


「あぁ! あなたは天才ね! お金に困ったら、そうしましょう。そんなこと、思いつきもしなかった」


 なるほどねぇ……そっか。


 私の祈りは、お金になるんだ。




「……ちょっと、心が痛むけど」


「背に腹は代えられんさ。金持ちからなら、いいだろう」


「……そうね。強く生きなきゃよね」


「そういうことだ。いい子だな、聖女様は」


「なによそれ」




 なんか、逞しく生きるのって……祈りとは、かけ離れていくのかもね。


 いつか……聖女じゃ、なくなっちゃいそう。


 あれね。


 うん、あれよ。


「闇落ち……。私、闇落ちするんだわ」


「フッ。闇落ちとはな。聖女様が闇落ちしたら、何と呼べばいいんだ?」


「そうねぇ……」




「聖女様~。聖女様ぁ~!」


 気のせいかと思ったけど、呼ばれてる?


「誰か追いかけてきたようだな」



   **



「せっ、聖女様っ。ぜぇ。お、追い付きました。ぜぇ、はぁ。間に合って、よかっ、たぁ」


 彼は……時々、朝の起こし係で呼びに来てくれる司祭だ。


 名前は、クローゼ。わりとおじさんなのに……走るの大変だったでしょうに。




「お、落ち着いて。ずっと走って来てくれたの?」


 門番係に捨て台詞を吐いて引き返して、それからけっこう歩いたから……十分以上はきっと、走ってきてくれたのね。


「こ、これを……」


「私の杖!」


 嬉しい……。




 初めて聖女として認められた日に、教会から……教皇様から送られた、聖女の杖。


 樫の木の芯を削った杖。先端には皆を包む翼のモチーフと、後は教会の好きな蔓の装飾彫りが施されてる。




「ありがとう。これ、思い出の……大切な杖だったの」


 一体、どうやって手に入れたんだろう?


 私の部屋に飾ってあるから、誰も入れないはずなのに。


 まさか、ドアを蹴破ったのかしら。




「あと、は、こちら、も……!」


 すごく息苦しそうね。


「ちょっと待って。癒してあげる」


 ――全身を巡る血液と、体の求める呼吸を……。



「お、おお…………息が、すぐに整いました」


「良かったわね」


「ありがとうございます! 聖女様! ……それで、こちらは皆からの気持ちです」




「ありがとう。何かしら、っておも!」


「あはは、すみません。ゆっくり……離しますよ?」


 お~?


 これは、お金?



「どうしたの? これ」


 めちゃくちゃ重いんですけど。


「皆で、聖女様が追い出されると聞いて……その、少しずつで恐縮なのですが。重いのも、そのせいで」




「ううん。ありがとう。皆……。皆も、やっぱり知っているのね」


「詳しい理由は……。でも、旅に出さねばならんと、教皇様が仰っていたそうで。それ以上聞ける者もおらず、歯がゆい思いをしています。ですが……」


 皆も、私のこと……惜しんでくれては、いるのね?



「ですが、きっと悲しまれている聖女様に、少しでも我々の気持ちを、お伝え出来ないかと思って。それで、一番必要なのは路銀に違いないと。皆で出し合ったのです」


「そう……なんだ……。ありがとう。嬉しい……」




「道中のご無事を皆で、毎日祈り続けます! どうか……どうか本当に、ご無事で」


「やだなぁ……大丈夫よ。うん。大丈夫。だって、皆が祈ってくれてるなら、私は一人じゃないって。それだけで、元気になるもの」


「聖女様……セレーナ様……」


 ……理由も、知りたかったけど。




 でも、皆で追い出したわけじゃないなら……まだ、良かった。


 ……ほんとに。


「ああ、そうでした。教皇様から、言伝がございます」


「えっ? あの憎き、無慈悲教皇さまから?」



「はは……そう仰らないでください。いいですか? 魔族領に入ったら、とにかく町を探して入りなさいと。あと……王国の部隊に気をつけなさい。と」


「……うん?」


 魔族の町に行けと?


 殺されてこーい。


 っていうこと?




「聖女様。教皇様にも、何かお考えがおありなのだと、私はそう思っております。その杖を私にお預けになった時の、あの苦渋に満ちたお顔……ただ事ではございません」


「そう……なの?」



「はい。私は教皇様を信じられると、そう思っております」


 うーん……。


 まぁ。


 私をここまで育ててくれたのは、教皇様みたいなものだし?




「……わかったわ。クローゼ、あなたの言葉と、教皇様を信じる。魔族の町に入る事と、王国の軍は信用しないという事ね?」


「はい。それと……各町の教会は、ここと同じように表立っては援助できません。それだけは、ご容赦ください」


 それだけはって……ううん、現状を考えたら、それはそうよね。




「だと思ってた」


「それでは……私も、見られるとよくありませんので、これで」


 王国側の人間に、ってことね。




「うん。ありがとう。皆にもよろしく伝えてね」


「はい……」


「あ、それから。口聞いてあげないって言ったの、取り消すわ」


「ああ……ハハ。門番係に言ったんですね? 一番に伝えておきます」




「うん。それじゃ……元気でね」


「聖女様も……。勇者様、くれぐれも聖女様を、よろしくお頼みします」


「承った」


「では!」


 ああ、走って行っちゃった。




 一体、何が起きているの?


 でも、誰かがすぐに私を殺しにくるとか、そういうわけじゃないんだ?


 う~ん。よく分からないなぁ……。


「……はぁ。疲れちゃった」


「ああ、そうだな。宿を探そう」




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