第3話 デートとスカウト

見上げるほど大きな恐竜展示会の広告が、幕張マッセの入口に2つ掛けられている。

まだ朝の8時半だが、真夏の日差しは強くもうムシムシしてきている。

朝9時開場の1時間前には到着したが、土日だということもあり、家族連れがかなり多く、楽しみに待つお客さんが既に100人以上は並んでいた。


ついにやってきた、【友達】と初めて出かける日。もちろん5歳児2人の遠出に保護者がついてくるのは当たり前だけど……


―――なぜか私のママがいる。


「ねぇ、ママ!ホントに大丈夫なの?もしもに備えて看護婦さんが少し離れて見守ってくれるって言ってたけど」


「大丈夫か…は分からないけど。でも!でもね!玲香ちゃんが初めて友達と遊ぶ、しかも男の子と2人で遠出なんて、ママとして見逃すわけにはいかない!」

まだ、完全復活とは言えない少し青白い顔だけど、ママは元気いっぱいに右目の上から横ピース。


「見逃したっていいじゃん、病院行ってお話するんだからさ」


「ダメよ!だって尚更、フフッ。好きな子との初デー……」


「ねえええええええええ!」


ちょうどまさやくんは看護婦さんが付き添ってトイレに行っていて聞いていなかったけど、危なかった……

まさやくんのパパママは健康診断があるからまた別の週で予定を開ける話だったが、すぐにでも行きたいまさやくんのためにママが保護者として立候補。


私とは違う方向でママがテンション上がっていて何を言いだすか心配。あとは、急に病院から人の多いところに来て、こんなにテンション上がってて倒れちゃったりでもしたら…不安は募る。



まさやくんがトイレから戻ってきてから、ママがまさやくんに質問攻めして困らせているうちにあっという間に1時間がすぎた。主に私の印象とか私と何してるとかそんなことばっかり質問して……


「あ!オープンしたよ!れいかちゃん!」

「うん!」


喜びそのままに、まさやくんが私の手を握って前へ進む。握る力がちょっと強かった。


展示場は入口のある階の1つ下の階。大きな窓が通路1面にあって、下の階の展示場を覗くことが出来た。

まさやくんは目を輝かせながら、大きな化石を指さしながら、私の服の肩の所をいちいち引っ張って大はしゃぎ。

ママはその後ろで、笑いながら様子を楽しんでいる。


―――せっかく今日のために買った服が伸びちゃうよ、もぉ〜……


今日のために買ったワインレッドのワンピース、彼が好きな色をチョイスした。



ところで、こーゆう会場では、よくイヤホン付きの音声ガイドが置かれているみたいなんだけど、私たちのグループには必要無かった。


なんだって【博士】がいるんだし。


「これがグアンロンかぁ!あ、これ小さいけど実はあのティラノサウルスの仲間なんだよ!ティラノサウルスは指2本だけど、これは指が…」


「うわぁ、マメンチサウルスだ!ホントに首が長いんだ…見てよ!体の半分も首だよ。これは確か首の骨の作りが…」


いつも図鑑を読んでいる時より明らかに興奮して説明してくれるので、私も聞き入って大きく反応した。満面の笑みで時折こっちを振り返る顔が輝いていて、男の子に言うのは失礼だけど可愛かった。

1つ1つの化石を必死に自分のDSで写真を撮っている様子はより可愛かった、ホントに……



ちゃっかりお土産コーナーで私もママに図鑑を買ってもらった。同じ物を来週から並んで座って読めるしね!


会場を出る前に、私たち子ども2人は看護婦さん付き添いのもとトイレへ。その後戻ってくると、ママがベンチに困り顔で座り込んでスーツ姿の男2人が前に立っている。


―――危ない。


看護婦さんと私は全力で走って男2人の前に割って入る。私が何か言おうとする前に、


「あの!こちらの女性はあまり体調が良くないんです。ナンパでしたら他を当たってください!」

看護婦さんがスゴイ剣幕で男と向き合う。いつも私にも優しく接してくれる看護婦さんのこんな顔を見るのは初めてだった。


「あ!いや、違うんです。僕たちこーゆうものでして……」

と、スーツの胸の内側に手を入れて何かを探している。


「でも、ママ困ってるように見えたよ」

「私は大丈夫なの、久しぶりにこんなに動いて疲れちゃってただけ」


あ、ありましたと私と看護婦さんの前に名刺を差し出す。

そこには、ヤマナベコーポレーションという文字が書かれていた。


「僕たちスカウトなんです。とてもキレイな方がいらっしゃったので声をかけさせていただきました。ナンパに見えてしまったのなら申し訳ありません」


深々と頭を下げる男2人に看護婦さんが顔を真っ赤にしながら頭を下げ返していた。


「ママ!スカウトだってよ!スゴイ!絶対ママなら大人気になれるよ!」


私は大はしゃぎするなか、ママは私の頭を笑って撫でてくれた。


―――でも、その笑顔はどこか寂しそうだった。


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実はちょい世話焼きな一軍女子高校生の葛藤 市川京夜 @kichiben

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