第49詩 『皓々たる瓜二つの彼女たちは身体と弦楽器一体となって成り替わり息を繋ぐ 3小節目』

 当然、説明を求めつつも強烈なアッパーを食らったばかりのクレイが、対峙していたことを忘れるはずがない。ニコリと双眸を細めたバレーノにも、容赦無く変わらない。


「ご丁寧にカラクリを説明してくれるとは親切だな、君は」

「いえいえ。ブリランテの姿を晒した今、隠すようなことじゃありませんからね」

「違う……心配してやってんだよ。さっき顎をぶん殴ったのは君なんだろ、吟遊詩人」

「ああ……ブリランテと入れ替わるときに、ちょうど良い位置に居ましたから。本音を言うとあまり商売道具の手を使いたくないんですけどね……まあ、いざとなれば足でもお腹でも歯でも、なんでも使えるモノ使ってやりますけどね——」

「——ふん。弦楽器と入れ替わるのは予想外で不意を突かれたが、次はこうはいかない。そして、君たちのカラクリを知った今、変に警戒する要素が消えた。ピストルで君を仕留められなかったのは痛手だが……数日間は青痣になりそうなココの始末は付けてやる……もう、殺すだけで済むと思うな?」


 クレイは自らの顎下を人差し指で突きながら、弛緩したムードになりつつあるバレーノの惚けた意識を引き戻す。


「へー……強気ですね?」

「おや? 君には殺すあと一歩まで追い詰めたつもりなんだがな?」

「わたしは独りより、ブリランテと協力した方がチャンスがあったのでね。あと、ブリランテが引っ込んだ時点で、勝負を決したようなものだと思いますけどね?」

「それは君たちの都合だろ……入れ替わりに時間制限が存在するとか、怖気ついちまったとか……なっ!」


 クレイは再び、バレーノへの間合いを最速で詰める。演奏されてマナを放出される前に。そしてブリランテと入れ替わり、また不意打ちを食らうわけにはいかないからだ。


「おっ……さっきよりも、速いっ」

「……こっちのセリフだよ。君は狂ってるな」


 魔術で強化した四肢を柔軟にしならせ、クレイの連撃はバレーノの身体を目掛ける。だがその全てを両脚と左手でいなす。ちなみに右手だけで弦楽器のブリランテを抱いていて、抱きながら単調なメロディーを弾く。開放弦だけで紡ぐ、制限付きのミュージック。


「狂ってる?」

「ああ。殺される寸前まで、加減した武術で挑んでいたことだ」


 バレーノはピストルを脳天に向けられるまで、ずっと両脚のみで対応し、両手は演奏するタイミングをひたすら窺っていた。つまり、弦楽器に入れ替わる能力が無ければ死んでいたのに、手加減したままだったわけだ。


「……あんまり。さっきも言いましたが、手を使いたくないんですよ。こういう中途半端な演奏も、不本意で、力が出しにくいしね」

「……そう言いながら、こっちの攻撃を全部受け流すのはっ……どうかと、思うんだが……君もしかして、さっきの女よりも強いのか?」

「んー……どうだろ? 大喧嘩したのなんて大昔の話ですからね……いつか、力比べしたいですね」

「いつかなんて、あると、思うな。この街ごと、君をぶっ殺す」

「あー……それはおそらく無理ですよね。【バルバ】の街の人を滅ぼすことも、皆殺しにすることも、貴方には出来ません——」


 ひたすら受動的に、クレイにやる魔術を織り交ぜた攻撃の威力を逃すバレーノ。決して攻勢に転じるのことはないが、致命的なミスでもしない限り、今のバレーノに直撃させることは困難だ。


 そして。バレーノが【バルバ】の街のみんなを皆殺すことをすぐに無理だと断言された刹那、心なしか拳技の速度が鈍る。


「——だって貴方は……武術と魔術の総合的な力量を最大限振るっても、ウンベルトさんには勝てません。一度……手合わせと言っていいのか分からないけど、ものすごく手加減をされて、憐れまれたところを蹴り飛ばしたんですが……まともにやり合えば、まあ勝てなかった人だと感じたので」

「……都落ちした用心役くらい、わけないだろ」

「うんん……本当は貴方も分かっているんでしょう? 変装してウンベルトさんに近付く機会は何回もあった……でも貴方は、何もしなかった。それどころか、街の人にも何も手を出さず観察するだけ……自身が劣っている現実を、必死に隠しているようにしか、思えないんですけど?」


 バレーノはゆらりひらり躱しながら、クレイが変装して【バルバ】の街に干渉していた理由を考える。加えて、何故観察をするだけに留まったのかもしれない。


「……言ったろ? じっくりと不幸を味わうのが好きなんだよ」

「ほぉ、まあそういうことにしときましょう……ついでに、この争いも終わらせましょうか——」


 バレーノはクレイに終戦を宣告しながら、ただ繰り出される攻撃を受け流す作業を辞め、後方スキップで距離を開く。

 そして瞬時に両手を使った、解放弦だけを利用した音色ではない、彼女の正式な旋律を奏で始める。

 その旋律はブリランテによるソララララのリズムでソララララと歌を唄うだけのシンプルなものとは異なり、ベースライン、メロディーラインを、世にも珍しい七弦だからこその奥行きでアレンジを施した、悲哀なのにポピュラーな、他者を洒落させる音楽。ふんわりくらりとマナを発生させ、バレーノの身体を巻き込んで行く。


「——んーこれに合う歌詞……後で考えないとだ……」

「クソ……すぐに辞めさせれば」

「そう。貴方は、わたしの演奏を恐れている……だからこそ、わたしたちの間合いに、飛び込まざるを得なくなるっ——」


 バレーノの魔術は未知数で厄介だと、クレイが離された直線上を詰める。これはマナに関する経験から来るもので、人体から捻出するよりも、媒介具を用いた方が強度が増す。おまけに武術もあるため、マナによる威力増強は、クレイも防げるものなら防ぎたい。


 しかしそれこそ、バレーノの思う壺……彼女はすぐに演奏を歌詞長考のため中断し、真っ向からクレイに突っ込んで行く。


「——はああああっ!」

「吟遊詩人っ。君からやって来るとは、血迷ったのか?」

「ええ。ちょうど試したかった……コンビネーション技があったので……ねっ!」


 そのままバレーノとクレイが駆け抜け、一直線上で交錯する分岐点。身体関係上バレーノよりも利点であるリーチの長さを活かし、クレイは最短距離最短時間を追求した縦拳を繰り出す。

 一方のバレーノはというと、視点はその拳に向けたまま弦楽器で防御を試み、彼女自らは滑り込み躱し、ついでにクレイのパンチの際に一歩踏み出され、浮ついた脚を掬い上げる。これは……およそ十歳くらいの正義の執行官たちによる渾身の一撃の応用だ。


「な、に……」

「こうだったよね。トドメは任せたよ……ブリランテっ!」


 バレーノは滑り込む直前、大事そうに所持していた弦楽器をクレイの縦拳に託す。こうした理由はバレーノの身を守るためもあるけれど、一番はフィニッシュを決めるべき子へのアシストをするためだ。


 クレイの脚を掬い上げてすぐ、バレーノは消え弦楽器に成り替わる。

 反対に弦楽器だったはずのブリランテが、再度人体を得て、横転し掛かっているクレイの喉元を、滾るような歯茎を覗かせながら激甚に掴む。


『よお。また逢ったな』

「ぐがっ……ぎ、吟遊詩人、じゃない方か」

『はははっ正解っ。あたしが最後を任されたからなぁ』

「……もう、めちゃくちゃだ。君たちに遭遇したのが運の尽き……最低のレクイエムだ」

『……意識を失うのは一瞬、痛くはしないさ——』


 クレイの喉元を掴んだままブリランテは、既に寝転がりそうな体勢だったクレイを強引に地面へと後頭部から叩き付け、宣言通りたったの一瞬で、頸部外傷による鞭打ち及び脳震盪で意識を混濁とさせる。


『——悪いな。あんたがあたしらを殺すつもりだったから、こうするしかなかった……つかこれ、結構危なっかしい技だな……子どもにやらすのは時期尚早だろ、おい』


 人体と弦楽器の組み替えによる、バレーノとブリランテのコンビネーション技のモデルとなったのは、ヴィレとピーロがバレーノを倒すために駆使した戦術。

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