第48詩 『皓々たる瓜二つの彼女たちは身体と弦楽器一体となって成り替わり息を繋ぐ 2小節目』

 暗夜に輝く月光が照らす二つの幻影。

 それぞれの武器は草地にて眠りにつく。

 クレイは仕切り直しとブリランテから距離を取る。

 ちょうど転がっていた弦楽器を跨いで。


「……武器を使うとマナの制御が上手くいかねぇ……いや、君の動きを褒め称えるべきか?」

『はははっ、少しブランクがあったんだけど、まだ若いからねぇ……想像よりは動けたかも』

「そうか。だがもう、君の動きのパターン、技を出すときの癖、大方見切った」

『はっ……あたしへのはったり、かな?』

「いいや。これまで生き延びて来た最大の慧眼だ……ピストルやナイフよりも信頼出来るな。君が弦楽器を投げ飛ばしたのは予想外だったが、この弦楽器がないと魔術が行使出来ないのは同じだろ? つまり分が悪いのは、実は君の方だったりする」


 自らの瞳孔を指差しながら、クレイは未だ勝算の見込みを信じる。ブリランテからしてみれば言葉通りのはったり、虚言妄言のように受け取れなくもない。でも唯一、その目の色の自信過剰は、真実を物語っているという直感が胸に訴えて止まない。


 趣向は異なれど、これと類似する自信家をブリランテは知っているからだ。もっとくりりとした両眼で、キュートな仕草で、閃爍せんしゃくな音楽を愛する芸達者な彼女が居ることを。


『相手の言うことは信用ならない……けど、そのまで言う理由はある。例え、あんたの虚勢でも、警戒はしようか?』

「ふっ、どうだろうな。警戒する間も無く、終わらせるかもしれないが?」

『……その言葉、そっくりそのまま返させてもらう』

「なに——」

『——あたしより、やられっぱなしが大嫌いな、強情な性格の吟遊詩人に任せることにするから——』


 そう困ったように、肩でも凝ったかのようにやれやれとブリランテが告げた瞬間、ブリランテの身体がクレイの視界から消失する。


「——……な、いきなり消え……どこへ消え——」

「——ここだっ、そりゃあっ!!」


 消えたブリランテはどこに行ったんだと、その馬で右は左へと見回したクレイは、コンマ数秒程度の空白ののち……虚を衝いた痛烈なアッパーが、クレイの顎下に、透き通った声色と一緒に炸裂する。

 それは普通に屹立していたクレイから見て、真下からの一撃。そんなところからどうやってアッパーなんて繰り出してきたんだと当惑しながら、クレイはムーンサルトのように、後方に宙返りするように、軽く七メートルは吹き飛ばされる。


「……なにが、どうなってる?」


 突発的な後方回転を空中で受け入れたことで、クレイは着地の失敗による余計な追撃を最小限に留め、再びブリランテが立っていた場所を見遣る。

 しかしブリランテは居なくて、代わりに足元に転がっていたはずの弦楽器が、同じところに仰向けになってある。


「良く弾けたね……でも、楽器を放り投げるのはどうかと思うけど……あとで、覚悟しといてね」


 そこに歩み寄り、歪な弦楽器を拾い上げる真っ白のフード付きローブ姿の女性に、クレイは一瞬だけ言葉を失う。

 雰囲気から、長年の人生経験から、吟遊詩人であることを否定したブリランテではないとクレイは悟る。となればそのブリランテと同じ容姿、同じ服装、同じ髪型の女性が……脳天に鉛玉をお見舞いしたはずの吟遊詩人じゃないかと、悪寒が神経を伝う。


 やがて弦楽器を拾って、これから演奏でも開始しそうなフォームで、クレイに視線を向ける。観衆を惹きつける魅惑的な笑顔と共に。


「またこの姿で逢いましたね。あっ、わたしが誰か……分かりますか?」

「……吟遊詩人。生きていたのか?」

「はい。吟遊詩人、バレーノ・アルコです。かなり危なかったですけど、殺しに掛かっていて、流石に手ぶらでは無いだろうなー……って共有していたので、無事でした」

「こっちのことを読まれていたか。というか共有……いや、さっき別の女が居たはずなんだが?」

「ん? ああ、ブリランテのことですか? それならここに居ますよ——」


 そう言いながらバレーノは、拾ったばかりの弦楽器を僅かに掲げ上げる……それこそがブリランテであると体現するように。


「——君たちは、おかしなことを言っているぞ。お互いに現れては、それぞれを弦楽器の名前にする……聴き間違いなら良いんだが」

「ふふ……聴き間違いじゃありませんよ? 実際にそうなんです——」


 弦楽器のブリランテを優しく抱きしめながら、バレーノは微笑み明言する。確かにおかしくはあるけど、あながち悪くはない関係だと告げる。


「—んー説明が少しややこしいんですけど、簡単に言うなら、わたしが人間の姿をしているときにブリランテが弦楽器になるんです。逆にブリランテが人間の姿のときは、わたしが弦楽器になります」

「……なんなんだよその体質は。生まれつきか? それ……どんな魔術が関与したら、そんなことになるんだ」

「さぁ……わたしたちもその辺はよく分かってないんです。だけど、後天的なのは確かです……一緒に暮らしていた時期があるので」


 バレーノはちょっと嬉しそうに言う。

 現在進行形で殺し合いをしている真っ只中であることすら、忘却しそうな柔かい表情で。

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