第47詩 『皓々たる瓜二つの彼女たちは身体と弦楽器一体となって成り替わり息を繋ぐ』

 その容赦、その体躯、その所作、その服装に、その銀白色の髪の毛。全てがバレーノと瓜二つの女性……名をブリランテ。バレーノが吟遊詩人として演奏するときや、マナを生成するときに用いていた弦楽器と同じ名前。


 相対するクレイの思考はしばし混乱していた。やがて段々と、このブリランテと名乗るバレーノとそっくりな女性。それぞれ別人であると意識が棲み分けし出し。バレーノという名称の、ブリランテとそっくりな弦楽器をまた、別物だと認識し始める。

 つまりこの状況を簡潔に纏め上げると、バレーノという吟遊詩人の女性と弦楽器のブリランテのユニットから、ブリランテという吟遊詩人であることを否定する女性と弦楽器のバレーノのユニットに変化したと。


「君と吟遊詩人は、同一人物のようなものか?」

『あたしとのこと? いいや、同一人物ではない。でも、互恵関係ではある』

「ふーん……いや、そんなことはどうでもいいか」


 そうした果ての論理を導き出したクレイは、頭部を押さえてやれやれと後悔する。何故ならこの不可思議の一番の解決方法は、バレーノとブリランテという似通った女性二人の詳細を調べ上げることじゃないと悟ってしまったからだ。


「バレーノでもブリランテでも、楽器だろうが人間だろうが、吟遊詩人であろうがなかろうが……こっちのことを知られてしまった……ならばまとめて、葬り去れば良いだけじゃないかっ!」


 バレーノとブリランテに関する有象無象を嘲笑いながら、クレイは反対側の内ポケットからもう一丁のピストル、左手には脅し用のペーパーナイフを惜しげなく取り出す。


『……まだ持っていたか。こいつは骨が折れそうだ……つか、さっき折っとくべきだったか』

「どうする吟遊詩人……いや君は違うんだったか? まあなんでもいい……そこに止まればこのピストルが、動けばこのナイフが、マナをまとって牙を剥く……終わりだ——」


 盗人だった幼少期に生きる術として習得した武術と、手頃なところから強奪したアレコレを武器にする悪癖。そこに王都での叛逆のために覚えた小手先の魔術。それらを二十年も研磨した技巧を信用して、ブリランテに立ち塞がるクレイ。


「——この程度の盗人も倒せなくて、明日の生があるとは思うなよ?」


 クレイはブリランテを煽る。

 頭に血が昇るバカかどうかを天秤に掛けるみたいに。


 それは彼にとっての自虐でもある。

 罪人の中では小物かもしれない。

 数要る盗人の一人に過ぎないかもしれない。

 もう二十年の歳月が経過していて、クレイの全盛期はとうの昔の話かもしれない。

 ただ性格が捻じ曲がった愉快犯かもしれない……されど、規則に反した悪事に手を染めた経年にプライドがある。


『……さっきみたいに接近するのは難しいし、楽器を持ったまま動くのもな……流石に幻獣よりは楽な相手だろうが、はぁ困ったな……困った? 困った、か……——』


 バレーノと瓜二つのブリランテは、動揺していたとはいえ、対人戦の経験は豊富のクレイを簡単に出し抜いた武術がある。

 しかしながら最初に言ったように、ブリランテは楽器が弾けない。正直なところ、戦闘に於いて弦楽器を所持したままでは彼女にとって御荷物でしかない。マナによる魔術で好転するとしても、そのマナを捻出させるための楽器が使えないんじゃ意味がない。ブリランテの魔術はどうしても、バレーノのやり方に依存してしまうからだ。だから手元の弦楽器を、そっと置いて待機させようとした。


 でも、ブリランテ自身で呟いた……困ったという単語で、その思考をキャンセルする。困ったときにどうするのか、どのように奏でるのか。彼女は何度も何度も同じ奏者から、弦楽器となって意思疎通していたときに苦笑いした旋律が、不意にフラッシュバックしてきたからだ。


 そうしてブリランテは弦楽器の弦に、辿々しく指先を当てる。

 この中で使う弦は、三弦と五弦のみ。

 直近でバレーノが奏でたメロディーだ。


『——ソララララ〜ソララララ〜……困ったときは、ソララララっ! ソララララっ!』


 バレーノが奏でたモノよりも半分程度のBPMでまごまごしながら、ブリランテがソララララのリズムでソララララと、なんとか唄う。

 すると彼女の周辺には弦楽器から生成されたマナが身体を包み、元より想定してはいなかった魔術の効能を得る。


「なんだ? なにを急に歌を唄い出したんだ……いや油断は禁物だ、耐えろ……あれは魔術だぞ?」

『……幸運だ。まさかお腹ペコペコで、歌う詩に困ったときの唄が役に立つなんてね……ここはあたしに任せてよ、面倒そうな武器くらいは、あたしだけで取り除くよっ——』


 ブリランテは半ば無謀にも、ピストルとペーパーナイフを構えるクレイに突っ走る。僥倖ともいえる魔術と、置き物扱いしていた弦楽器を引き連れ。


『——いっっっけぇぇぇぇっっ!!』

「……なっ!? なんで楽器を……吟遊詩人としてのプライドはないのか!」

『そんなものあるかっ! あたしは使って勝てるものならなんでも使うんだよっ』


 ブリランテはまず、クレイに向かって弦楽器を放り投げた。吟遊詩人のバレーノに知れたら激怒じゃ済まないくらい、魔術を付与した厚意を無碍にするくらい……もうそういう競技なのかというくらい潔く、クレイのピストルとペーパーナイフと武術と魔術、全ての攻撃手段を封じる投擲となる。


「ちっ、マジで吟遊詩人じゃなかったのか……油断するなって、散々言ったじゃねえか。ああクソ、マナまで——」

『——ああー……久々の外の世界、身軽だぁあたしー……はあっ! とりゃあ!』

「……このまま応戦するしかねぇか。こっちはナイフを身体に刺せば、銃弾を当てればいいだけだ……十分にこちらに利が——」

『——ふふふ、甘いよ。碌にマナを使っていない、弦楽器を手に持ったまま、怪我をしたままのハンデを背負った……演奏メインの音楽バカに苦戦するあんたじゃ、あたしには、勝てないっ!』


 バレーノよりも素速い体術の連続攻撃を仕掛けるブリランテ。ちゃんとしたマナ、弦楽器の重量もなく、モチベーションも高い。万全な状態で、イーブンに持ち込んで挑んだ得意の接近戦。


 その徒手空拳から放たれるフック、ローキック……基礎的な格闘技を雑多に練り合わせたトリッキーな攻勢に、緩急、心理戦。ひたすらクレイを上回る。


「ぐぅ、はっ……クソなんだ、さっきの吟遊詩人よりも遥かに強……いじゃねえかよ!」

『……あたしの取り柄は、そのくらいだからねっ!』


 まずはブリランテのモーションに翻弄され、全くもって照準が定まらなかったピストルが弾かれ、続いてナイフを振り翳して接近戦の優位性を示そうと、防御がおざなりになったところを読まれて手首を蹴られる。


「ああ……ちくしょう武器を。いやあの攻撃をされちゃあ、この接近戦に持ち込まれちまったら、逆に足手纏いにしかならねぇか……これでいい、これで」


 クレイも巧く肉体の急所こそ避けたものの、ピストルとペーパーナイフはカンッカンカラランと泣きながら地面に転がる。それはブリランテの目的である、クレイの武器のピストルとペーパーナイフの除去に成功した瞬間の、甲高い達成のカンタービレになる。

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