第50詩 『皓々たる瓜二つの彼女たちは身体と弦楽器一体となって成り替わり息を繋ぐ 4小節目』
見様見真似のエチュードみたいな連携技だったけれど、バレーノとブリランテによる阿吽の呼吸、弦楽器と人体への換装のタイミング。全てが合致した結果、所作を見切ったと断言したクレイに何もさせないまま読み合いに勝ち続け……クレイをダウンさせる。
『……死んでないよな? あたしたちは別にあんたを殺すつもりはないから……とりあえず呼吸も、脈もありそうか……——』
ブリランテが意識を失い伸び切っているクレイの首筋に手を当てつつ、胴体が上下するかを見守り、誤って舌が咽喉に絡まっていないかを確認し、生きていると判断する。
『——んまあ、この後の処理はあたしには不向きか……またヘンテコな楽器に、戻りますか……』
ブリランテは欠伸をするくらい気怠げに両腕を月夜に向けて伸ばしながら、あっという間もなく歪な七弦の弦楽器になる。
ということは必然的に、弦楽器のまま放置されていたバレーノが人体の姿へと成り変わる。
「よいしょっと。あれ、もういいんだ? せっかく倒し終わったんだから、もうちょっと外の世界でのんびりしてても良かったのに……相変わらず、遠慮しがちなのは変わらないね、昔から——」
そう微笑ましくも天の邪鬼に、フィニッシュを決めたブリランテ健闘を讃えつつ、弦楽器となった彼女に寄り歩き持ち上げる。
「——ずっと弦楽器のままだと窮屈でしょ? たまにはわたしと入れ替わって、自由気ままに過ごしても良いんじゃない?」
『いいや? あたしは案外、この場所を気に入ってるよ。世俗に溢れ返った陰険なヤツらに逢わなくて済むし、楽器として役に立つならその方がいい……なんせあたしは、音楽なんてさっぱりだからな。今日のはもうたまたまだ。寝て起きたら忘れてるに全額ベットしてもいいわ』
バレーノが弦楽器となったブリランテに触れ声を掛けると、ブリランテの方の声がバレーノにも届く。彼女たちはお互いの状態に関係なく、地肌と材質に触れ合ったとき、会話することが出来る。
ちなみに人体となった方は現実世界の誰でも声が拾えるけれど、弦楽器となっている方は当人同士以外には聴こえない。だからこの場合、人体となったバレーノの方が弦楽器に独り言を語り掛けているようにしか見えず、成人の女性の行動としては、どうしても痛々しく映ってしまうため、大衆の面々では基本自重気味だ。
その代わり。仕切りに弦楽器を触れるなどして、弦楽器側の意思を考慮し、汲み取ることことが可能。今回の一件を例に挙げると、【滅びの歌】への考察を幾つかは、バレーノではなくブリランテの推測も混ざっている。特に幻獣がどうとかを言い出した辺りで、一聞すると飛躍的な論理に過ぎないけれど、バレーノが目的としていた音楽を禁止する規則の緩和及び廃止に導く、フレキシブルな予想の一つにはなった。
「もう、一曲くらい覚えてくれてもいいのに」
『嫌だよ、めんどくさい……それよりそいつ……クレイとか言ったか? そいつを拘束しなくていいのかー』
「え……ああっ、そうだったそうだった。いつ目覚めて、またこんな戦闘になったら勝てるかどうかも怪しいし、ちゃんとわたしたちのマナで抑え込んでおかないとだ」
ブリランテの忠告を受け取ったバレーノは、弦楽器となったブリランテを構え、添えるみたいに、弦に指先を引っ掛ける。
そこから滑らかに、なだらかに、人差し指から小指までが、バレーノの頭の中で割り振られた太細の異なる弦を下から弾く。音色は階段を一段ずつ駆け上がるような、テンポが軽妙な演奏を心地良く響かせ、大気中にマナを捻出し、そのマナたちは気絶中のクレイを包み隠すみたいに集合し、やがて視認することが難しい透明な拘束具となる。
「うん、これでよしっと」
『ああ……まあそいつを捕まえて、警察やらなんやらに突き出したところで、大した罪に問われそうではないけどなー。【バルバ】の街でやったことだって、ほとんどが嫌がらせで処理されかねない気がするし』
「んーでも、一応は前科があるみたいだから……しかも王都で引き起こした事件でしょ? だから信用問題的にもしかしたら、先入観も相乗して、重めの罪になるかもしれないよ?」
『確かに、王都で事件を起こしたっていうのは印象最悪だな。民衆の支持に拘らず、色々と一存で決まっちまうかも知らないし……まあそこは、あたしらには関係ないことだけどさ』
「そうだね。あとのことは、司法におまかせということで」
クレイへの拘束と処遇を決定し、バレーノはこれで一段落だと夜道を簡単に歩き回ってみて、夜風が気持ち良いなと感じた適当な場所で立ち止まり、月明かり皓々とした夜空を仰ぐ。
『あっ、そういえばさ——』
「——ん? なあに?」
『今回は歌を唄わないんだなって。なんか理由でもあるのか?』
「いや特には……拘束用のマナのリフレインなんて久々だから、歌詞もいつ考えたバージョンにしようか迷って……聴いてくれるみんなもいないし、今回は演奏だけって感じ?」
『……ふーん』
「あっ! もしかして、楽しみに待っててくれたとか?」
『違う……ちょっと物足りないなって、あたしが勝手に思っちまっただけだっ』
「へぇ……うん。そういうことに、しとこうかな」
バレーノはそれ以上は追及しなかった。
する必要もないと、その反応は心に抱き締めるように。今頃不貞腐れた顔でそっぽを向いているであろうブリランテの様相が、弦楽器越しでも容易に想像出来たからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます