第43詩 『静寂たる街外での邂逅は幾つかの異変をさらりと言い変わり現す 3小節目』

 状況に於いて、それに貢献したであろう目の前の老人は、バレーノからして見ればシンプルに聴力に秀で過ぎていて、ただの老人ではないと、普通の街人ではないと、必然的に警戒網を敷く相手になり得る。それは例えば、あわよくば、十年前の惨劇を引き起こした張本人かもしれないと、涼やかに身構えるくらいの人物に。


「ふふ……なんとも飛躍した推論だな。仮にそうであったとして、君に責め立てられる筋合いはないし。そもそも情けない話だが、ここに君が来る気配を、こちらは辿れなかったじゃないか」

「……んー飛躍したというよりはですね、色々言ってみたけど今日一日で、怪しい人だったなーって印象かな? 気配についてはこっちも、一応はマナを使えるので、遮断することは出来ます。あとほら、そこにマナがふらふらとしているでしょ? これは音色に反応するんですよ。貴方を見つけたのはこのマナのおかげです」

「ほお……非常に地味だが、高度な魔法じゃないか。逆にこっちから、君は何者だと訊きたいくらいだ」

「では改めまして、バレーノ・アルコ。しがない流浪の吟遊詩人です——」


 バレーノは胸元に手を当て、相手を牽制するように、丁重でしたたかな自己紹介を行う。頭を微かに下げ、掴みどころのない微笑を覗かせた、必要最低限の心情だけを晒す。


「——ついでに言うと、わたしのマナを高度と表現するということは、貴方の聴力もマナによるものみたいですね……なぜなら遮断出来るのは、他人の聴力ではなく、マナの影響に限定したものなので。ただ耳の良い人には、なんの効果もありませんからね」

「……なるほど、ここでこちらが魔法を使えるとバラさせるためのブラフかな?」

「いいえ。ブラフではありませんし、実際問題、貴方は魔術を使えるはずですよ? というか、わたしからはもう確定事項です。貴方が魔術を使えるとなると、わたしをこの音楽が禁止された【バルバ】の街に引き入れて罪人に仕立て上げようとしたこと、病院が無く医師もいない街で赤ちゃんの怪我から街人全員の意識を削ぎ危険に晒したことにも繋がり……この時点でわたしの敵対象にしかならない。そしてもしかしたら、十年前の惨劇にまで関与していてもおかしくない……まだ、【バルバ】の街の人のフリをしますか?」


 平然を装ったまま、バレーノの双眸はいつになく据わっていて、明確になりつつある敵対意識を寸前のところで抑え込む。

 彼女自身を貶めようとしたこともあるけど、危うく子どもの命と、優秀な猟獣への信頼と、【バルバ】の街の人の精神状態を悪化させる事件になりかねない誘導を企てた人格を、激しく軽蔑したからだ。


「おー怖い怖い。そんな顔をしていては、可愛らしいルックスが台無しになってしまう。それに十年前の事件……だったか? 確かにあれは災難だった、巻き込まれていたらこの命は無かっただろうからな」

「災難だった? 巻き込まれていたら? へー……おかしなことを言うんですねー? だって貴方は、長老はあの惨劇に巻き込まれたはずなのに」

「なんだと? そんな証拠はない……」

「貴方はギルドにある記事を閲覧していないんですね……そこには長老と呼ばれている人が耳を押さえていたとあります……残念ながら一週間後にお亡くなりになった方の記事に書かれてましたよ。どう考えても、巻き込まれていると判断出来る記事です。やはり貴方は、記事にある長老ではありませんね」


 長老と呼ぶ人が二人いることは基本的にはない。当時の長老が亡くなり、新たな年長者を長老とすることはあるだろうが、それならジーナかエレナから誤解がないように訂正が入るはずだ。しかしそれは無く、隣街と行ったり来たりをしている人という情報を追加されたくらいだ。


「……そうか。君は十年前の事件を起こしたのはお前だと、そう言いたいんだな?」

「違います。十年前の惨劇にもし首謀者が居たところで、余所者のわたしが見つけ出せるわけないし、見つけたところで証拠がありません。過去のことは憶測でしかない……わたしが言いたいのは、意図したとしても、しなかったとしても、今の【バルバ】の街の人を傷付けかねない発端となった直近の事件のことを、ジーナさんたちに自白して欲しいだけです」

「……出来ない、と言ったらどうする?」

「ふふ……出来ないとしか言えないの間違いじゃないですか? そもそも気軽に鼻歌なんて響かせている時点で、ああこの人は長老なのに【バルバ】に思い入れがある人じゃないんだな……って、わたしの中で決めちゃっているんで」


 一体何者なのか、変装じゃないのか、十年前の惨劇にも関わっているんじゃないのかと疑い、この場所で鼻歌を聴いた瞬間には、もうバレーノは覚悟を決めていた。

 何故ならその気軽い音楽の思考は、【バルバ】の街にゆかりのない吟遊詩人のバレーノと近しい思考回路。十年間も音楽を禁止する規則を厳守していた【バルバ】の住民なら、だったなら、その共感は齟齬になる。


「はぁあ……もうめんどくせぇし、隠す必要もないな」

「……っ」


 取り繕いのない溜息が、だだ漏れる。

 バレーノもその声音に反応し、怪訝な様相を向ける。

 老人の体裁をしていたせいか、さっきまではやや嗄れた声を作っていたけれど、それすらも諦めて辞めた、敵意に切り替わる前兆の、化けの皮が剥がれた地声となる。

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