第42詩 『静寂たる街外での邂逅は幾つかの異変をさらりと言い変わり現す 2小節目』

 全く持って言っている意味が分からないと、その目が節穴にも程があると、他者を愚弄するように、煽り散らかすように両手を広げながら潔白を表そうとする。


「何を言っているんだ。こんな老体に何者かだって? 見ての通りただの老いぼれだよ。それ以上でもそれ以下でも無い。揶揄っているつもりなら、頭が高いというものよ」

「いえいえ。わたしは揶揄ってなんていません、真剣に訊ねているんですよ……というより、今日の一日、【バルバ】の街の人々と触れ合って来まして、色々と騒動にも巻き込まれもしましたが……それはもう終わったことですし、演奏の機会も有りましたし、心温かい方々でしたし、善しとしています。けれど貴方にだけはまだ不審な点というか、どうしてなんだろうなーっていう疑問が拭えていなくてですね……実はこうして話す機会を伺っていたんですよね」


 バレーノは両手を組んだまま、あくまでも近所に住む老人に朗らかな挨拶をする子どもみたいに接しながら問い詰める。

 まるで彼女の核心を悟られないように、敵対意識をひた隠すように、屈託のない幼い淑女を演じて魅せる。


「はは、そいつは災難だったな。それにしても不審とは、いやはや心外ではないか。して、どこが不審なのか訊いてもよかろうか?」

「もちろんです。筋は通さなければいけませんからね。んー……貴方のおかしなところは幾つかあるんですが、まずわたしたちが喋っている間に忽然とギルドから消えたこと、ですかね? 外ではウンベルトさんや子どもたちが居たから気付かないわけないし、てっきり奥部屋にでも行っちゃったのかなと思ったけど、ジーナさんもそちらへ向かわれたのに遭わなかったみたいですし……一体どのタイミングで、どこへ行かれたのかなっというのが、手短なところで一つ——」


 長老がギルドから居なくなったと気付いたタイミングは、まだバレーノ、ジーナ、エレナがギルド内部に居たときだ。三人ともども見落とした場合も無いわけじゃないけど、転んだだけでウンベルトから介抱されるくらいの老体で、全員の目を掻い潜るのは困難だとバレーノは感じ、不審な点の一つ目として、組んでいた両手を外してから右手を挙げ、人差し指を夜空に指し向ける。


「——あとは今、そのお身体で夜分出歩くのは危ないとか、声の若々しさとか、も増えたかな? でもそれよりも、何よりも、わたしにとってもっとも不審な部分がありまして……それは最初も最初、わたしが【バルバ】の街の人に演奏していると発見されたことですね」

「……なんのことだが、さっぱりだな」

「ええ、そうでしょうそうでしょう。普通ならそんなに変に映ることのない、他愛のない出逢いに過ぎませんから。でもね、あのときわたしが演奏していた場所って【バルバ】の街から結構離れていたんですよ……それこそ、音楽と判断したら噛み付いて知らせてくれる優秀な猟獣が、気付かなかった場所です。比較対象として、あそこに【ウヴァ】の農園があるじゃないですか? 農園からだと演奏が【バルバ】の街まで聴こえないのは証明済みで、そこよりもわたしが居た場所って、遥かに遠かったんですよね」


 それはピーロとヴィレを誘って、吟遊詩人として歌唱や演奏の魅力を知って貰おうとしたとき。音楽が禁止された【バルバ】の街の子どもである彼らは、大人たちと異なり経緯を深く理解しておらず、また隣街に赴いて音楽に触れていることから、将来的にでもメロディーの虜になってくれないかなと、農園を簡易的なライブ会場にしたときのことだ。

 その農園での演奏は、ロック調ともいえる激甚なサウンドやシャウトをバレーノが用いても【バルバ】の街には届いている様子は無かった。両獣のドックが一切反応せず現れなかったのも証拠になる。なのに【バルバ】の街に訪れる前の独奏時は、それよりも遠くに居たはずだったのに、ウンベルトたち付き人の四人衆に見つかる。

 これがどうにも、バレーノとしては解せない。いくら平地とはいえ幾つかの岩場は取り残されてあって視界の障害となり、バレーノ視点でも【バルバ】の街が点と線のようにしか映らなかった場所だったからだ。


「……それが、なんの関係があるんだ?」

「おお有りですよ。これはウンベルトさんから聴いたことを参考にしたものですが、貴方は演奏により驚いて転んだらしいですね?」

「転んだのは確かだが、演奏が理由だったかどうか、記憶が定かでは無いな」

「ほう……まあそれは良いでしょう。とりあえず、その演奏が仮にわたしとブリランテによるものだとしたら、貴方は相当耳が良過ぎる人になるんですよ……なんせ人間よりも耳が良いはずの猟獣すらも聴き取れなかったリズムを聴くなんていう、優れた聴力を持っていることになりますからね。あとはわたしの元にやって来たウンベルトさんたち四人について……彼らにはわたしの演奏は聴こえていなかったはずなんですよ、なのにわたしのところにまでやって来た……——」


 バレーノはここで一旦、ブレスを挟む。

 気を取り直して、ブリランテにちゃんと触れながら、話の続きを紡ぐ。


「——これがどういうことかと言いますと、誰かが【バルバ】の街の外から音が鳴っていると告げ口をしたからなんですよね。じゃあそんなこと誰に出来るのってなったとき、泣いていた赤ちゃんの娘さんはまず外し、ドックは音楽に反応はするけど、いかんせん獣なので具体的な場所まで伝えることは出来ません。となれば残るは長老か、既に聴こえていなかったと言っていたウンベルトさんを除いた三人のうちの誰かです。こうなると貴方が疑わしいのは当然として、実は三人のうち一人が途中から見当たらなくなってしまっているんですよ。ギルドで残り二人が子どもたちを摘んで帰還した時もね……わたしはその方がクーレさんという、わたしのおおよその場所を言い当てた方だと思っています。これはわたしの推測でしかないんですけど、もしかしたら貴方が、声色からも変装することも出来そうで、そのクーレさんとすり替わっていたのかなと。それでウンベルトさんに告げ、わたしに矛先を向け刺した……つまり同一人物の自作自演もあるんじゃないかと勝手に思っています。理由を挙げるとしたら、ウンベルトさんの娘であるオルタシアちゃんへの危害を上塗りするためとか、ですかね?」


 バレーノが不思議に思ったことは、そもそも【バルバ】の街の人がどういった経緯で彼女を発見に至ったのかということ。その雑感が拭えない。

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