第40詩 『饒舌たるしがない音楽家は自由さ説くために熱く述べ持論を挙げる 5小節目』

 頭を抱えるように俯くジーナ。バレーノの罪に関する処遇についてはとっくに腹を決めていたけれど、ここに来てまさか【滅びの歌】に異説を唱えて来るとは予想しておらず、実体験も兼ねて当時を反芻しているせいだ。

 そんなことなど露知らず、バレーノはブリランテに触れ、ちゃんと彼女自身の音楽に対する思いの丈は伝えられていたかなと問う。

 バレーノとしては【バルバ】の街による十年前の惨劇の真相を解き明かす目的ではなく、あくまで音楽禁止の規則に反発するための材料を揃えただけだ。なので誰が実行犯なのか、誰の策略なのかには十年前ということもあってかあまり頓着しておらず、それこそ後半の作為的辺りの内容は、最初に取り決めたように話半分で聴いて貰えれば、それで良かった。


「あの、バレーノさん?」

「む、なんですかなんですかエレナさん。そんなにかしこまらなくても、ゆっくり聴きますよー」

「さっきの話って、どこまで本気で話しているのかなー……って」

「音楽関連のところは大真面目です」

「んーと、そこじゃなくてね。バレーノさんの主張って、【バルバ】の街が何者かに襲われたかのような言い方だったからさ……」


 疑心暗鬼気味にエレナがバレーノに訊く。

【バルバ】の街の住民として、見過ごせはしないと言わんばかりの純真な視線と共に。


「わたしが言ったのはですね、そういったことも考え得るかもしれないっていう……言うなればもしもの話であり、完全否定は出来ないよねってレベルの話であって、絶対そうなったと断定したわけじゃないです。これなら、音楽だけのせいじゃないから、【滅びの歌】と制定して音楽を禁止する規則は不当だと、わたし優位の論理を貫き通すための……屁理屈みたいなものですかね?」

「そう……でもね、そのバレーノさんが言ったことが本当だとしたらだよ? 私たちが【バルバ】の街に住んでいるのって危険が伴わないのかなって思うんだよ……また似たような惨劇を繰り返すのは嫌だから、家族を失うのは……ね」

「それは……おそらくは大丈夫だと思いますね。この十年でワインの流通は途絶えていて、街並みもあまり良い状態とは言えない……実行犯が誰とかは流石に分かりませんけど、さっきジーナさんが言った、襲う理由がないに該当するはずなので、確率は低いでしょう」

「……そっか。やっぱり私としては、この街が故郷で、ウンベルトもこの街に思い入れがあるから、王都での昇進を蹴ってまで帰郷したからさ。オルタシアも産まれて、家族でこの町で、長く暮らして行こうって考えているから……」

「……エレナさんとしては、そうですよね」


 スヤスヤと眠っているオルタシアに慈愛を注ぐように眺めながら、エレナは家族像を脳内に描き呟く。どんなに衰退しても、過去の繁栄が戻らなかったとしても、この【バルバ】という街がエレナの故郷。余所者として俯瞰したまま、冷静に懸念点を連ねたバレーノには共感し難い大切さのアンビエント。


 音楽を禁止にする規則には反対の二人。

 でも【バルバ】の街に費やした時間の格差はあって、贔屓の度合いもかなり異なる。


「そこの二人、話は終わった?」

「おおジーナさん。はい、たった今」

「ジーナさんが悩んでいる間の穴埋めみたいな質問だったからね……まあ私としても、不安な部分ではあったけど」


 ジーナの問い掛けにバレーノ、エレナの順番で首肯する。その返答を受け、ジーナはもっともらしく嘆息を吐いた後、じっくりとバレーノを注視しながら語り始める。


「はあ……思わぬ推測が飛び出したけれど、バレーノちゃんが一貫して主張しているのは、音楽禁止の規律の撤廃」

「そうですっ。それさえ通れば、わたしもこれ以上ジーナさんと対立する動機もないし、ブリランテと一緒に居られますしね」

「そしてエレナが歯向かって来たのは……リズムを奏でただけで、罪にすることはないっていう言いたいのよね?」

「はい。バレーノさんと同じ吟遊詩人で仲良くして貰った方々も居ますし、出産前はベッドで寝たきりで、何もする気が起きなくて鬱々としていたところに、外から鳴り響いた陽気な音色に背中を押されて、ちょっとだけ晴れやかな気分になれましたから……罪にするのは反対、というスタンスを取らせていただきます」


 バレーノ、エレナ、それぞれの異論は変わらない。これはもうどうしようもなさそうだと、ジーナは口元を覆い隠すように手を置きながら、とうに決めていた音楽の規則に対する結論を述べる。


「私はバレーノちゃんの説得を聴いても、未だにあの音が耳に張り付いて剥がれてくれない。だから歌や、演奏も嫌いなままだと思う……でももう十年。あの惨劇の後に産まれたピーロやヴィレは、このことを聴いてもしっくりこないだろうし、いずれはオルタシアもそうなる、そうなってしまう……か。【バルバ】の街のギルド長としても、惨劇を伝える過程で音楽がないのはおかしいと思うし、無ければ伝わらなくなってしまうのを、薄々感じてもいた……だから段階的にはなるけど、これをキッカケに、恐怖と向き合くことにする」

「ジーナさん、それは——」

「——【バルバ】の街は【滅びの歌】……いえ、何の変哲もない音楽を、少しずつ受け入れて行こうと思う。その始まりとして……いや命令って言った方がいいのかしらね……バレーノちゃんの罪は、聴かなかったことにしてくれる? その弦楽器を壊すと発言したことも含めて……ごめんなさいね」


 その場で深々と頭を下げて謝罪するジーナ。

 今までの非礼の悉くは、彼女自身に非があると認めるように。

 ジーナの決断は、他の街の人々にとっては意味不明な勇気にしかならないだろう。音楽なんてあって当たり前の存在だからだ。

 けれど同郷のエレナにとっては、音楽を愛する吟遊詩人のバレーノにとって、これはとてつもない第一歩目であり、呪縛を破る小さな拍手と共に踏み出される。

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