第39詩 『饒舌たるしがない音楽家は自由さ説くために熱く述べ持論を挙げる 4小節目』

 音楽のせいだと、【滅びの歌】のせいだと決め付けていたジーナにとっては、他に何があるのかという疑問をバレーノに訊くのは当然といえるだろう。


 根幹から覆りかねない推測。

 バレーノも慎重に言葉を選び、疑問に対してなんとか答え始める。


「そうですね……難しい質問ですが、例えで出した幻獣なら咆哮による奇声、火の元、建物を壊すパワーに、人々を意図してか、せずか、殺戮の限りを尽くすことはあるし、可能でもあるしょう」

「へぇ……そんな——」

「——でも。わたしは記事をみて、作為的なものを感じましたね」

「うん……な、え? はあ? ええちょ……ちょっと待って?」


 幻獣の名を出したバレーノに再び呆れ返っていたジーナが、作為的と言う単語に反応し、一転して動揺する。


 よくわからない現象を幻獣のせいと済ますことは、この世界では頻繁にある。ジーナが【バルバ】の街の惨劇を【滅びの歌】と呼称するのと似たような系統といえる。なのでてっきりバレーノの主張もその類なのかと決め付けていた……けれど実際はそうじゃなくて、ましてや作為的だなんて物騒な言葉まで飛び出して来て、思考が追い付かなくなる。


「あっ、あくまでわたしが感じただけですよ? それは断っておきます」

「……そうじゃない。貴女が作為的? に感じたことに驚いているのよ」

「……変、ですかね?」

「……変かどうか以前に、貴女が言うまで疑問にも思っていなかったわ。何を見つけてそう思ったのか、私にも分かるように教えて欲しいくらいよ」


 ジーナが感情を押し殺しながらそう言うと、バレーノ視点からだと隣に座っているエレナも同調を示すように頷いているのが視界の隅に映る。

【バルバ】の街の人々にとっては天災として、【滅びの歌】という伝承レベルの災厄として扱われていた忌々しき過去。それを十年の時を経て、作為的かもしれないと言ってのけたバレーノを、当時を知るジーナとエレナにとっては、異質な発言をした余所者に見えてしまったからだ。


「んー……まあ、わたしがそう感じたのは、今日この街と、その周辺を散策してみたことと、スクラップボードにあった十年前の写真との対比……ですかね? あと最初に言えるのは、わたしの推測が、ジーナさんが聴いた不快な音と街の倒壊がそれぞれ別の理由によるものだと、切り離して仮定したからこそだと思います」

「前置きはいいわ。言ってみて」

「ああはい。まず誰も彼もが気絶などして、動きを封じられた場合、火災はあり得ると思うんですね。ほら、当時ちょうど料理をしている途中だったとか、ゴミを焼却していたとか……意図せず放置する格好になって燃え広がってしまった、みたいな——」


 火とは用心せしものだ。

 用法、用量を誤れば惨事に繋がる。

 しかしながら街の人々の動作を、意識を、失われてしまえば、たちまち野放しだ。

 被害の拡大させる要素には十分なる。


「——でも、そうだとしたら、炎に関係なく倒壊した建物があるのはちょっとおかしくて……逆にこのギルドのように無事だった建物があることもおかしくて……何より【バルバ】の街のすぐそばにあった、今では伐採されて新築に使われた木々に被害が及んでいなかったのかなって、煽りを受けても不思議はないのになーって、わたしにとっては変だなーって。その逆側の、【ウヴァ】の農園があった方も同様だったので。不可抗力で燃え広がった火災が原因にしては、【バルバ】の街のみで完結し過ぎていて……なんというか、都合が良過ぎるなって——」


 天災は人々の叡智を駆使しても抗うことが叶わない、比喩で超常的な現象を指すときがある。どこまでの範囲に被害が及ぶのかなんて、神のみぞ知るくらいの領域だ。

 しかしながら【バルバ】の、【滅びの歌】ともされた災厄は【バルバ】の街のみに集約されており、不自然なまでに局所的な災いだとバレーノは所感する。


「——わたしが作為的、人為的な工作もあるのかなって感じたのは、この辺りかな? こう考えると、街全体に不快で不愉快な音色を聴かせ、街人の動きを止める理由にもなりますし、多くの人を死に追いやる火災や倒壊を引き起こす道理にもなるのかなと」

「確かに街の周りの被害に限れば、ほとんどなかった……いえでも、バレーノちゃんの言っていることが、仮に正しかったとして、そうまでする人はいないはずよ。だって【バルバ】の街には、その釣り合いが取れる代物が——」

「——【バルバ】の名産品、【ウヴァ】で作ったワイン……とかは違いますかね? 確か王都に高値で流通していて、街の経済は保たれていたとジーナさん言ってましたよね」


【ウヴァ】。それは旅をするバレーノすらも見たことはなく、初耳だった果実。そんな果実で作られたワインを、遠方の王都がわざわざ流通に乗り出していたくらいには価値がある代物……街そのものを襲撃する動機には、容易になり得る。


「【ウヴァ】のワインを……で、でも! そうだとしたら、近くにある農園の【ウヴァ】を狙えば……あそこの果実には、ほとんど手付かずだったはず……」

「いいえ。わたしが同じように【バルバ】を襲うとしたら、【ウヴァ】は取りません……だって、扱い方がちっとも分かりませんからね。これをどうやってワインにしているのか、似たフルーツと同じやり方で良いのかどうか知らない……そんなの持ち帰りませんし、下手をすれば、なんで【バルバ】の名産品である【ウヴァ】を君が持っているんだって、足が付く場合もある」

「だったら、バレーノちゃんの言っていることは矛盾しているわ。【ウヴァ】そのものを欲しないなら、【バルバ】を狙うこともない」

「矛盾……かどうかは分かりませんが、この場合に狙うとしたら、【ウヴァ】ではなく、ワインそのものです。街を襲えば新たに【ウヴァ】を用いたワインは当分作られなくなる。すると必然的に既存のワインは、王都で希少となり価値が高騰します。そうなってから売ればお金が懐に入ります……あとギルドとなったこの酒屋が潰れていなかったのも、ジーナさんが生き残っていたのも、保存された【ウヴァ】のワインがまだあると考えて建物を残したとすれば、辻褄は合うと思いますね」

「そんな……いやでも、ええ……」


 バレーノが作為的かも知れないと過ったのは、皮肉にも目の前に居るジーナが生きていたこと。人口の九割が亡くなった惨劇で、妊娠中でもあったジーナの生存確率を鑑みれば著しく低い。もちろんゼロではないけれど、近くの街に運ばれて昏睡状態に陥ったのみで済んで、のちにピーロという息子も無事に産まれていることからも、潜在的な体内への被害が、他の人よりも少なかったんじゃないかと思う。


 ただこれらはあくまで推測に過ぎない。

 バレーノが言ったことが正史である保証もない。


「とまあ、偉そうに色々と言ってみましたが。本当にそんなことがあったのかどうかは知る由もありませんし、それが真実だとして、誰が計画したかなんて、わたしには分かりっこありません。結局は推測でしかなくて、仮説に過ぎなくて、わたしにとっては蛇足です……ということで、わたしがジーナさんに言いたかったのは、真実を解き明かすことじゃない。十年前の災厄は音楽だけのせいではなくて、他の要因も考えられるということ。これを【滅びの歌】と呼ぶには、早計だということ。そして……音楽は、誰かに縛られると、却って鳴らしたくなるものだということです……なんせ、旋律とは個人で、知らず知らずの間に創り上げているものですから」


 バレーノを胸に手を当て、柔和に音楽の魅力を謙って伝える。彼女は【バルバ】の街の音楽の在り方について言い切った。

 あとはもう、ギルド長であるジーナの匙加減。ジーナがどのように歌や演奏に向き合うのかどうか……例えるならば観衆の受け取り方次第となる。

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