第36詩 『饒舌たるしがない音楽家は自由さ説くために熱く述べ持論を挙げる』

 それからジーナが戻って来るまで、【滅びの歌】に関する考察を終えたバレーノとエレナは、有名な歌い手であるリセ・キタミの記事をピックアップしながらひとしきり喋り合った後、静かな寝息をこぼすオルタシアを覗き見て黙々と愛でる時間を過ごす。


 オルタシアには咬み傷の痛みは無い様子で、小さな唇を開け、頬っぺたはぷっくりとしていて、握り切れていない指は何かを求めている。そして、お腹に覆い被さったミニサイズの布団を上下させる。


「熟睡、してますね」

「今のところはね。こうやって寝てるときは基本静かだけど、大泣きするときはいっぱいしてくれる子でもあるよ」

「やっぱり、泣いているときは大変なんですか?」

「いやぁどうだろうね。まだ一ヶ月だし……オルタシアが寝ていたら気苦労が少ないのは確かなんだけど、泣いてくれないのは、それはそれで不安になるんだよね。ほら……この子が生きている証みたいなものだからさ」

「そっか……生きていないと、涙って流せないですからね」

「そうそう。泣き始めて、ああオルタシアが困ってるって思えるのは、私のお腹の中から産まれて来たんだなって実感する瞬間でもあるから……まあおかげで入院中はグロッキーだったけど、これも母親の宿命だって、ジーナさんにアドバイスされ——」

「——私がなんだって? エレナ」


 オルタシアの睡眠を見守る会を開いていたバレーノとエレナの背後から、全くもって気配を悟られずに戻って来たジーナが、少々不機嫌気味に声を掛ける。


 エレナが喋っていた内容的には、ジーナに対して好意的な話をしていた。けれど会話の前後関係まで聴いておらず、さっきまでバレーノの処遇と【バルバ】の街の未来を案じた対立で言い争った経緯があったせいか、陰口のように感じたからだ。


「ああ。お帰りなさい、ジーナさん」

「いやお帰りなさいって、ここ私の店だし。外出してたわけでもないんだけど?」

「そう言われてみればそうだっ! いやそれよりもわたし、ジーナさんに聴いて貰いたいことがあって——」

「——ふーん、奇遇ね。私もバレーノちゃんと同じよ」


 そう言いながらジーナは、バレーノとエレナとは対面に座る。バレーノとエレナはオルタシアを眺めていたため、必然的に片側に固まっていたせいもあるけど、皮肉にも対立構図がはっきりとする席関係となる。


「じゃあ、どうしますか? ジーナさんから先に話しますか?」

「いいえ。私の方は短く伝えるだけだから。バレーノちゃんの話を先にした方がアンフェアにならないと思うわ」

「それは助かりますっ。じゃあわたしから……過去の記事とこの世界を取り巻く事情を鑑みた推測を、僭越ながら述べさせていただきますねっ」

「ふふ……なんだか光が瞬いたように元気ね。どうぞどうぞ、その推測とやらを聴かせて貰おうじゃない」


 おもむろにジーナが頬杖をついて、若干ながら前のめりになって、バレーノの話を、推測を、捉え方によっては弁解を聴くと、真っ直ぐな視線と一緒に表している。

 そんな姿が、音楽性を吟味する玄人の観客のようにバレーノには映って微笑ましく感じつつ、ゆるゆるの話をするわけじゃないよとわざとらしい咳払いを挟んで喉元のしがらみを振るい飛ばし、口火を切る。


「率直に言うと、十年前の、ジーナさんが言うなら【滅びの歌】についてです」

「あら? そんな前の話をしても、どうにもならないんじゃないの?」

「正直そうかもしれません。けれどこの禁則事項の根幹は、十年前の【滅びの歌】にあるとわたしは思っているので」

「いいわ、続けて見て」


 ジーナは双眸を閉ざし、そっと息を吐きながらイニシアティブを譲る。

 バレーノは元より、言われた通り、その続きを長々となってしまうことを心の中で謝りながら……またブリランテに触れながら、語り始める。


「まずは遠回しになってしまいますが、わたしたちのような吟遊詩人にも大きく分けて二種類あって、歌唱演奏をメインに旅をするアーティストタイプと、幻獣を討伐するためのパーティーのサポートメンバーに加入する戦闘型のバトルタイプがあるんですね。もちろん両立派とかも居るんですが、まあ今は吟遊詩人のタイプはどうでも良くて、一旦置いとくとして、ここで注目すべきなのは……パーティー、つまり複数人がかりの戦闘員で構成してやっと対等に渡り合えるかもしれない、幻獣の存在です」

「幻獣……王都の付近の洞窟に潜んでいるけど」


 そうエレナが経験を用いた相槌を入れる。

 バレーノも肯定すると頷き、更に詳細を詰めて行く。


「はい。ここで一つ質問なんですがジーナさん」

「なによ?」

「ジーナさんは、幻獣を見掛けたことなどはありますか? 例えば叫び声を聴いて避難したこととかですね」

「いいえ、一度たちとも無いわ」

「……なるほどですね。となると、過去の写真の建物の破壊具合も含め、ここでわたしが推測したのは……そのジーナさんが聴いた不快な音というのは、幻獣の叫び声とかだったも、考えられるんじゃないかなと……歌どころか、音楽的な音色と呼べるものではなかったんじゃないかなと、ひいては【滅びの歌】ではないんじゃないかなと思った次第です」


 バレーノは一見するとトンチンカンなことを言っているくらい間伸びやかな口調で、彼女なりの十年前の考察を述べる。

 対するジーナは途端に目元を細める。あまり関心を寄せていないかのように。

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