第37詩 『饒舌たるしがない音楽家は自由さ説くために熱く述べ持論を挙げる 2小節目』

 何故ならその推測という名の言い分は、バレーノの屁理屈、あるいは【滅びの歌】なんかじゃないと同意を得たいだけのトンチだ。それを認めるメリットがジーナとしては何にもなくて、理解を示したところで無関心を貫く方が良さげだと概ね判断したからだ。


「幻獣ね……それなら私としても完全否定はしかねる……だけど、そうである根拠とからあるの?」

「いいえ、ありません——」


 それはもう潔く、バレーノは答える。

 無いものはないんだから仕方ないと、スッパリと切り捨てるみたいに。

 一方でなんだそれはと拍子抜けするみたく、ジーナが頬杖を滑らせ、また何事もなかったように元に戻す。


「——だって十年も前の話ですよ? しかもわたしは当時を知らないんです。本当に幻獣が居ましたっ……だったとしても、根拠なんて言われたら困りますよ。だからあくまで推測です」

「……今、貴女の話を聴いているのを、少し後悔しているわ。どうにも時間の無駄になりそうでね」

「ええ? いやいやちょっと待って下さいよー……もうちょっとわたしの華麗な考察に付き合ってくださいよー」


 緊張感の欠片もなく、両手を小さく突き出して制止を試みてみるバレーノ。対するジーナも元より離席するつもりなんかないと、バレーノの所作とは却って、頬杖をやめてふんぞり返り、もう好きに話してみてと言いたげの気の抜けた姿勢に直る。


「……はあ。とりあえず、酒飲みの戯言だと思って、話半分で聴くわ」

「……そうですね。あんまりにかしこまるよりも、そのくらいゆったりとした雰囲気の方が、わたしも好きです」


 バレーノは銀白色の髪の毛を、粛々と右耳に掻き上げながら言う。同時に、平気でそのくらいの余分な動きが許される空間に換気される。

 ずっと遠慮して黙り固まっていた隣席のエレナも、眠っているオルタシアに寄り添うために体勢を変えたくらいだ。弛緩したムードは、誰にとってもやりやすくなる。


「うん。ということで、改めまして? わたしなりの解釈をするとですね、ジーナさんが指摘したような根拠はありません。けれど先ほどは端折ってしまいましたが……【滅びの歌】という現象についての推測は、ぼんやりとあります」

「現象ね……ぼんやりと言うのが気掛かりだけど」

「はい。わたしの頭の中でちゃんとしたフレーズになっていない感覚です。喋っているうちに良い感じの言葉になるかもなので、このまま続けますね——」


 仕切り直しだとローブに付いたフードの位置を調整し、ついでにブリランテの支えも適切かどうか触れながら、バレーノはぼんやりとしたまま推測を述べ始める。


「——えーと……まず、ジーナさんの体験を聴きたいんですけど、その【滅びの歌】が耳に届いた瞬間に【バルバ】の街が災厄に巻き込まれた、という認識で合ってます?」

「……どうかしらね。でも、その後にあんな惨状になっているのなら、人体以外にも影響が有っても不思議じゃないと思うけれど?」

「へぇー……つまりはジーナさんの体験談を言い方を変えると、当時のことは分からない……不明瞭なところがある、ってことでいいですかね?」

「心外ね。流石にバレーノちゃんよりは知っているわ」


 ジーナが強気に反論する。けれど分からないという部分に関しての完全否定ではなくて、あくまで比較対象との優位性を示す。

 そんな態度にバレーノは、ニヤリと微笑んで魅せる。バレーノが言う推測というのが、【滅びの歌】を詳らかに解き明かすことじゃなくて、音楽の遺恨を薄めるためだからだ。だからジーナの記憶に不鮮明な箇所が存在することこそが、バレーノにとっては好都合にしかなり得ない。


「なら言いたいことがあります。さっき例えた幻獣にも通ずるところがあるんですけど……わたしが思うに、そして吟遊詩人的な知識も踏まえて……ジーナさんが聴いた音と、【バルバ】の街の倒壊は、別の問題なんじゃないかなと考えています」

「別?」

「はい。当時のことを予測すると、ジーナさんたち【バルバ】の街の人たちは突如として不愉快な音色を聴きました。思わず耳を塞がなければなんて防衛本能が働くくらいの不快さらしいので、人体への影響もさぞ考えられることでしょう。そしてこれはわたしの知識ですが、それによって耳の中にある、蝸牛とも呼ばれる入り組んだ器官が刺激されて、ジーナさんたちは一種の神経麻痺状態に陥ったのではないかと思われます——」


 バレーノは先ほど覆い被さっていた髪の毛を避けて晒した右耳を指差しながら、視覚的にも、聴覚的にもジーナに伝える。

 そんなジーナは未だバレーノの考察を汲み取り損ねているらしく、眉を顰めて絶句したまま双眸をパチクリとしている。


「——この現象で一番分かりやすい例えはですね。殴り合いの喧嘩をしたときとかに、耳付近を強く殴られたりして刺激を受けると、立ちたくても平衡感覚が狂って立てなくなるんです。おそらくはこれと同じか、それよりも強い刺激によって、【バルバ】の人たちは次々と気を失った……聴覚って、知識を司る脳に繋がってますからね——」


 この理論はバレーノがウンベルトを蹴り飛ばして気絶させたときにも同様の理屈が働いていた。彼女も油断し切ったウンベルトの耳を意図して狙っていて、仮に意識が残っていたとしても、平衡感覚のズレで動きを食い止め、足止めるつもりだった。つまりは予防線として敷いた行為と類似した現象が、【滅びの歌】のときにも作用していたんじゃないかと経験則から語る。

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