第35詩 『回顧たる魔術の手作り木板は過去の記事を映し出し盗み失い想い遺す 4小節目』

 バレーノはしばしぼんやりと、ポールの記事を見つめ続ける。彼女視点ではどこからがウンベルトなどの代筆なのか分からないので、本来ならばポールだけの記事とすべきではないんだろうけど、ポールという【バルバ】の街のライターの執念が凝縮した内容なのには変わりない。つまりこれは、彼の気持ちを尊重するならば、どんな形あっても、ポールの記事として汲み取るべき紙面だ。


「……その記事と、ジーナさんの証言が、今のところあの災禍で最も詳細な体験談だと思う。数日経過して亡くなる方々も多くてね、当時【バルバ】の街に居た生存者で、十年経っても留まっているのはもう、ジーナさんくらいになっちゃったしね。あっ、長老も居るけど、あの人は隣街と行ったり来たりだから……ほとんど、帰っては来ていないよ」

「……えと……この方、ポールさんというのは——」

「——ジーナさんの旦那さんだよ。正しくは当人同士の意向で籍を入れてはなかったんだけど、この街の人はみんなそういう認識だった……事実婚ってやつだね。お腹に子どもが居るって判明した時も、周りの大人が喜んでいたのを、よく憶えてる」

「どんな方……だったんですか?」

「ああ……とにかく優しくて、温厚な人だったよ。あと争いが苦手で、ジーナさんとウンベルトたちが啀み合っているのを見つけると、必ず止めに入ってた……返り討ちにあってたけどね。歳下の私たちにとっては、喧嘩とかじゃちょっと頼りないけど、頼りになろうと奮闘してくれる良いお兄さんで……幼馴染みのジーナさんをずっと追いかけてたな。なんとか接点を作ろうと、ジーナさんが働く飲み屋にあったこのスクラップボードに着目して、独学でライター職に就いたくらいだしね」


 遥か昔の出来事を懐かしむように、エレナはスクラップボードを慈しみを込めて瞳孔に捉える。

 魔力を帯びていることを除けば、大きさもデザインも特段目立つような代物ではないけれど、表面上だけでは伝わらない過去の連鎖が、思い出の数々が、幼い頃からの彼女の胸にある。


「まさか記事よりも、仕事よりも、ジーナさん目当て?」

「ははは……あながち間違ってはないかも? でも、情熱も注いでいたはずだよ。藉を入れてなかったのも、まだまだライターとして半人前だって言ってたのと、収入面でジーナさんのおんぶに抱っこになるのを避けるためだったはずだし」

「へぇー……というよりエレナさん? 随分とポールさんのこと、やけに詳しいですね? おやおや?」

「あー……昔はジーナさんと同じくらい話し合いをしていたからね。私がジーナさんをウンベルトに取られるよって、何度も何度もけしかけてたから……私としても、それは困るわけで。ポールさんがジーナさんを射止めれば、必然的に私とウンベルトがくっつく確率が上がる。子どもながらに小賢しい考えだけど、お互いのライバルを封じ込められるし……まあ利害の一致ってやつだね」


 苦笑いをしながら、エレナはそうバレーノに答える。彼女自身でも子どもとはいえ浅はかで、性格の良くない行いだった自覚があるようだ。

 実際のところ、歳の差もあるジーナとウンベルトがどれほどの親密さだったのか、バレーノには分かりようもない。

 けれどエレナがここまで危機感を抱くくらいには、二人は良好な仲を築いていたと思われる。今でもギルド長と、その側近の関係であることからも透けているだろう。

 構図としては、追う側と追われる側。

 同じく追う側だったエレナとポールで、馬が合う部分があって、幾つかの情報交換を共有していたのかななんて予想が、バレーノの脳裏を過ぎった。


「ロマンチックに見えて、なかなかの智略を働かせて、繰り広げていた……んですね」

「ふふ……そんな大袈裟なものじゃないけど、振り向いては欲しかったから、あの手この手を使ってみたものよ。何をしたのかはバレーノさんにも秘密だけどね……それより、バレーノさんが気になってた内容は見つかったのかな? ほら、【滅びの歌】に関すること——」

「——おっと! そうでしたそうでしたっ。このままだと秘密を根掘り葉掘り、エレナさんとウンベルトさんの馴れ初めまで事細かに訊ねるところでしたよ」

「そ、それはなんか恥ずかしいからやめてよ……何か、手掛かりとかは、あったのかな?」

「……あったというよりは、心当たりはある……くらいかな? 流石に十年前の出来事で、当時のエピソードとスクラップ記事を眺めただけで断定は出来ないですけど……ジーナさんが言う、ポールさんがそう例えた【滅びの歌】の正体は……やはりわたしが思う【滅びの歌】とは違い気がします。これは別の要因がある気がしてなりません」


 確信は無いけれど、裏付ける根拠も弱いけれど、【バルバ】の街の災害として起きた【滅びの歌】は、街が完全に滅びているわけじゃなくて、歌と定義するには聴き手への配慮に欠けていると所感した心情から、不完全であるとの結論に至る。


「別の要因……その、具体的には?」

「具体的……というよりかは、わたしなりの私見というか、仮説が立ったって感じですかね?」

「えっ、仮説? 仮説って言った? それって【滅びの歌】となり得る原因に、心当たりがあるってこと?」

「まあ……はい。当たっているかどうかは分かりませんし、いかんせん十年前の災害なので、正解である保証もありませんが……ジーナさんが音楽を禁止する規律を考え直してくれる材料にはなるかもしれません……詳細はジーナさんが戻ってから、簡潔に話しましょう」


 バレーノはジーナが思案しているであろう奥部屋に視点を向けながら、エレナにそう告げる。エレナもそんなバレーノの語調の穏やかさを信用して、誰にも見られていない首肯をして、十年前のウンベルトのメッセージを微笑ましく愛でる。

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