第29詩 『一途たる彼女たちの会合は復興のための方向性で相反し語り嘆き怒り休む 5小節目』
やたらと開放的な扉の隙間から、ぬるい涼風と暖色の光線が差し込んで来る。バレーノが【バルバ】の街に足を踏み入れてから、おおよそ十時間が経過した頃合いだ。もう時期に夜の帳が下り、白熱電球のある部屋べやが闇空に抗うことだろう。
けれどそんな時間の区切りとも言える刹那に、バレーノも、ジーナも、エレナも、更にはオルタシアも感動することはない。剰え、たった今バレーノとジーナによる【バルバ】の街の音楽を巡る対立関係に、【バルバ】の街の出身であるはずのエレナがバレーノ側に付くという波乱が巻き起こる。
「え……どうしてですかエレナさん!?」
「あれ? 私がバレーノさんに賛同したらダメかな?」
「いやいや……だってエレナさんは音楽が禁止の【バルバ】の街の人で、音楽禁止の規則を作ったギルド長のジーナさんを姉のように慕い、そのジーナさんに仕えているウンベルトさんの奥さんですよ? 普通に考えたらわたしに賛同するなんてこと……——」
すべからく予期せぬ機運とは、その歓喜よりも喫驚が勝る。当事者のバレーノとしても嬉しい誤算ではあるけど、変に勘繰ってしまうというか、そう至った経緯を知らないと、素直に受け取ろうにも受け取れない。
一般的に考慮としても、先ほど改まって会話をしたばかりのバレーノより、幼少期からの付き合いがあるジーナの肩を持つ方が自然で、バレーノの意見に加勢するメリットなんて、エレナには皆無と言っていい。
「——普通に考えたら、確かにそうかもしれない。私は昔の【バルバ】も、今の【バルバ】も、別に嫌っているわけじゃないからね……うんん、そんなこと、この街に住んでいる時点で誰にでも分かることか」
「はい。でもそれなのにエレナさんは、【バルバ】の街の規則に逆らうと、わたしを通じてジーナさんに反論しているような状態なんです……その、どうしてなのか、わたしには……いやわたしにもかな? さっぱり分かりません」
何度も脳内で反芻しても、それらしいエレナの理由が見当たらない。だってこれは、ドッグに噛まれてしまったオルタシアに治癒術を掛けたお礼みたいな、単純な貸し借りで解決するような議題じゃない。
【バルバ】の街に唯一無二のギルドで定めた規律。大層になりかねないけど言い換えれば、条例違反どころか、国の法律にすら匹敵しかねないレベル。そこに反旗を翻そうとしている。
バレーノに関しては余所者で、その辺は気楽な部分はある。けれどエレナは正真正銘の生まれ育った故郷。つまり故郷の法律に真っ向から対立しているという、しなくてもいい綱渡りを率先して行なっている歪な状況だ。それこそ、ジーナやウンベルトの意向に、思い切り背いているんだから。
「……あまりこの場面でバレーノちゃんと同意見なのはアレだけど、その通りだわ。なんでよりにもよってエレナが——」
「——……ジーナさんは知ってると思うけど、私は一時期、王都に移り住んで、とあるギルドで受付案内の仕事をしていたんだ」
「えっ、王都? エレナさんも?」
エレナの夫であるウンベルトが用心棒として王都で務めていたことは聴いていたけど、まさかエレナまで王都に移っているとは思っていなくてバレーノは双眸を瞬かせる。
でも逆説的にそう考えると、エレナがジーナが提唱する【滅びの歌】の一件を経ても生存している理由にもなると、とんと妙な納得も出来る。
「そうそう。ここじゃない大きな街を知りたかったのもあるけど、一番はウンベルトが王都に居たからなんて……ちょっと
「あー……」
「こほん、とりあえずそれは置いといて。その王都のギルドには、バレーノさんとは雰囲気が異なる吟遊詩人の方々がよく訪れていてね。討伐依頼希望者や、集客可能ステージを求めて来たり、気まぐれな人は即興演奏をしたり、殺伐としがちなギルドを彩豊かにしてくれていたんだ。ほんと……みんな楽しそうだったな——」
当時を懐かしみながら、エレナは断片的な記憶を言葉にして紡ぐ。あのフレーズの、あのチリンチリリンとしたサルーテの、あのごった返したみたいな手荒いバッカーノの雰囲気が、少しでも伝わるようにと。
「——男女比でいえば女の人の方が多くて、職業柄何人かと交流もあってね。みんなスタイルもスタンスもバラバラ。でも音楽に賭ける情熱は本物だった……ちょっと物騒な例え話だけど、悪魔の契約を交わしたみたいに、自己流の音楽に魂を売ってる人たちばかりなの」
「へぇー……ということはエレナさんは結構、歌とか演奏に囲まれた環境に居たんですね?」
「うん。だから、私が【バルバ】の規則に逆らってまでも、バレーノさんを支持する理由はね……私はあの当時から、我が道を行く吟遊詩人たちの観衆の一人で、ひっそりと応援しているファンだからなんだ——」
それは逆らう対象と天秤に掛ければ、あまりにもシンプル極まりない理由。されどエレナは、バレーノと背負ったブリランテを改めて一瞥し、王都ギルドに赴いた吟遊詩人たちと同様の誠実さと、メンテナンスがなされた楽器と首筋と、拗れ捻くれたプライドをまとめて感じ取る。
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