第28詩 『一途たる彼女たちの会合は復興のための方向性で相反し語り嘆き怒り休む 4小節目』

 すると以前、音楽の素晴らしさを雄弁に語っていたときとは異なるバレーノの恐縮っぷりが可笑しく映ったのか、先にジーナが吹き笑い、続いてエレナが溜息を吐きながらかぶりを振り、もうとっくに終わったと、ほとんど冗談だと暗に伝える。


「ううん。そこだけ聴いちゃうと誤解すると思うけどね、私はジーナさんに子どもの頃から色々と優しくしてもらってるの。だから私にとっては姉のような存在かな?」

「お姉さん……」

「そう。【バルバ】の街で数少ない同性で、歳が八歳離れてるから、服やおもちゃのおさがりをいっぱい譲ってくれたり。あとはヘアスタイルとか、メイクとか、流行りのファッションとかも教えてくれた……最近だとマタニティーブルーというか、妊娠中の不安を聴いてもらったりね。そもそも喧嘩すること自体が少なかったんだけど、あのときだけが特別……ウンベルトが困り果てて、どうしたらいいかって、今にも泣きそうだったから……私が割って入っちゃっただけ」


 どこか懐かしむように、忘れられない悲哀をそれでも噛み締めるように、エレナは感情を抑制しながら淡々と言う。

 話を聴いていたジーナも、当時に非を詫びるように押し黙って、微妙に頭を上下させて肩を落とす。


「ええっとつまり、今はお二人とも仲良しってことで合ってますか?」

「うん。一つ訂正すると今は……ってより、今もって言うべきだね」

「親しい者同士で、ウンベルトさんを巡る三角関係の修羅場ってわけじゃ——」

「——あるわけないじゃない……ただエレナは、そう誤解していた時期があったらしいけど?」

「……そりゃありますよ。今はギルド長なんて呼んでるけど、昔のウンベルトは口を開けばジーナ、ジーナ、ジーナ……それにジーナさんだって楽しそうに付き合ってたじゃないですか……絶対両想いだって思っても仕方ないでしょ。だから私、ジーナさんが結婚するってなったとき、真っ先にウンベルトのことを心配しましたからね?」

「ふ……ほんと一途ね、貴女は——」


 わざとらしく不貞腐れたように述べるエレナに、軽くいなしながらジーナが苦笑う。こうしているとお互いに子持ちとなったとはいえ、八歳差の人生経験が如実に表れるみたいに、我が道を行く妹と仕方なく見守る姉みたいに、いつかのやり取りを彷彿とさせる。

 それはバレーノが知る由もない、子ども時代のジーナとエレナの関係。けれどその一幕をどうしてか想起させた。


「——っと、そんな話をしている場合じゃなかったわ。せっかくバレーノちゃんを呼んだんだから、【バルバ】を執り仕切るギルド長として、貴女と処遇を決めないとね。命令を聴いてもらう約束も」

「えっ? ああ……その、例えばですけどねジーナさん? このままわたしを見逃してくれるなんで選択は——」

「——もしかして、あると思ってる?」

「……いいえ。あったら今頃、見知らぬ土地で野宿確定だったので、あはは……」


 唐突にジーナが話題を切り替え、【バルバ】の街での過去の恋愛話というか、昔馴染みの思い出話の聴き手をしていたバレーノにいきなり矛先が向く。

 もともとそっちがメインでギルドに呼ばれたのはバレーノも重々承知していたけれど、あわよくば昔話に花が咲いて忘れ去られたりしないかななんて、考えていたり企てていたり、していたりしなかったり……とにかく何事もないことを望んでいたが、残念ながら儚く散る。


「そうね……せっかく余所者をこき使えるんだから、より【バルバ】の街のためになることにしないとね〜……あっ、もちろん、その歪んだ楽器で演奏なんてもってのほかよ?」

「……もうブリランテを壊そうとは、しませんか?」


 ブリランテに庇うように触れながら、バレーノは分かり切ったことを訊ねる。

 するとジーナはバレーノの予想に反して首肯した。しかしそれは肯定というよりは、別の妙案を思い付いた小賢しい相槌に過ぎない。


「私の言うことを聴いてくれて、命令にもちゃんと従ってくれれば、その楽器を見逃してあげはする……引き換えに貴女の情状酌量は考慮から外すことにはなるでしょうけど……そうね、貴女の腕や指先が音楽を拒絶させる魔法でもあればいいのだけどねー」

「そんなことをすれば、わたしは【バルバ】の街の規則は間違っていると訴える歌を歌いますっ。地団駄を踏んで即席のパーカッションも用意してやりますっ!」

「はあ……呆れた。やっぱり時間が経っても、反省の色は無さそうね……」

「はいっ。わたしは正真正銘、いずれ各地にその名を轟かせる予定の吟遊詩人ですからねっ」

「この子は……——」


 罪人になろうとも、命令という建前の不利益を被ろうとも、バレーノは誇りを胸に一歩も引かないし、引いてやらない。

 いい加減【バルバ】の禁則事項を受け入れろと顔が歪み、奥歯を強く噛むジーナは、このままだと平行線を辿るだけと呆れ返り、無理難題を突き付けようとする……だがそのセリフは、バレーノの側でオルタシアを案じながら聴き耳を立てていたエレナによる、予想外の異議申し立てにより、食い止められる。


「——はいっ、ちょっといいですか? 話を聴いた感じ……ジーナさんには悪いけど、私はバレーノさんを支持します」

「うん……………え? は、はあ? え? どういうことエレナ。いま貴女、何を言ってるか分かっているの? 冗談でしょ? 街の規則を破った余所者の意見を、肯定すると言っているようなものよ?」

「ええもちろん、冗談じゃありません。ついでに討論になるのなら……久しぶりに、徹底的にジーナさんとやりあうつもりですよ。私たちの故郷、【バルバ】の街の行く末も兼ねてますからね」

「な、なんで貴女……」


 バレーノは予期せぬ味方を流し見る。

 その視線にエレナも勘付いて、慎ましやかなウインクと大人の微笑みを覗かせた。

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