第30詩 『一途たる彼女たちの会合は復興のための方向性で相反し語り嘆き怒り休む 6小節目』
肌身離さない、離そうともしていない、人と楽器とのユニゾン。バレーノはどんな音楽を奏でるんだろうと、エレナの胸の中では期待が膨らむ。
「——ジーナさんに言うけど、【バルバ】の街の規則自体には、私は最初からどちらでもいい立場だよ。楽器弾けないし、歌も上手くないからね。受け入れられない子はいずれ、隣街とかに行くだけで解決するしね。それに私は【滅びの歌】のことは、そこにある、近況を知らせてくれるスクラップボードに貼り付けられた内容以上のことは知らない……たくさんの友人や知人を失った惨劇に居合わせたジーナさんの気持ちを考えれば、トラウマになって禁止にするのも仕方ないと思う……」
「なら。なら今も、これからも、どちらでもいいって、中立な立場に居ればいいじゃん。なんで今更——」
「——でもねジーナさん。ジーナさんは耳を塞ぐから知ろうとしないけど、吟遊詩人にとって、楽器には魂が宿っているらしいよ。それを軽んじるような発言はどうかと思う。誰かぎ大切にしているモノをさ、否定するのはあんまりだよ——」
エレナが言っているのは、ブリランテを壊すとか、魔法を使って指や腕を音楽から拒絶させられないかなどの発言についてだ。【滅びの歌】には同情するけど、ギルド長としての指令には従うけれど、だからといって吟遊詩人の、謂わば人権を踏み躙るのは筋違いだと。
「——あと流石に音楽を罪にまでしたのは、やり過ぎなんじゃないの? 暗黙の了解くらいで良かったでしょ? こういう言い方はしたくないけど……私たちが生まれ育った【バルバ】を、本当に潰すつもりじゃないよね?」
「違う! 私はこの街を守ろうとしているのよ! いつか【ウヴァ】を使ったワインを王都に流通可能なくらいにまで復活させて、一割以下に減った人口を増やして賑わしてさ、そのために街並みもまた綺麗にする。そして【滅びの歌】の惨劇を繰り返さないように、後世にもちゃんと伝えるために、音楽そのものを禁止しているのっ!」
ジーナとエレナによる、エレジーのような舌戦が繰り広げられる。当事者のはずのバレーノが置き去りにされ……いやもはやエレナがバレーノの弁護人のような状態になっていて、異論を挟む余地すらない。
「だったら、今日みたいなパターンはどうするつもりなんですか?」
「今日って……」
するとエレナがバレーノを流し見る。
その視線に釣られるように、ジーナが同じところに顔を向けたところで詳細を述べる。
「こうして音楽が大好きな子が、ふらりと【バルバ】の街に訪れてくれた場合ですよ。他の街なら……ううん、隣の街ですら気軽に鳴り響いている音楽を禁止にするだけじゃなく、処罰の対象にまでする街になんて、ほとんどの人から見向きもされないよ。人口を増やして、また【バルバ】に隆盛を齎したいならさ、バレーノさんのような人を罪人にしては、【バルバ】の街に先はないよ。いずれ、ヴィレやピーロや、オルタシアのような過去を知らない子どもは、窮屈過ぎて別の街に行きたがると思う……こんな規則を許しているのは、ジーナさんに少なからず同情出来る、私たちの世代までなんですから」
淡々としたままでかつ強めの語勢で、エレナは歳上のはずのジーナに臆することなく、彼女なりの未来の見解を言ってのける。
経緯はどうであれ王都に出稼ぎのため移住した経験や、娘のオルタシアの出産のために隣街に居る医師の元で入院していた時期がある。だかは同じく【バルバ】の街の出身で、【滅びの歌】以前の繁栄も知っている中でも、エレナは最もバレーノ寄りの、他所の街人視点を有していて、客観視が出来る。
それらを加味し、バレーノの肩を持つ。
【バルバ】の街の暗雲を悟る。
「そんなの大袈裟よ。音楽がない、静かな街にだって需要はある。それにこういうのは厳罰にしないと意味を成さないのよ……ただの娯楽の一つが罪になるくらい、エレナとしてもどうってことないんでしょ?」
「……その娯楽の有無で、敬遠する人が大勢出る……ただの娯楽の一つに興じただけで罪になるなんて不公平だ、自分たちの街ではありえないってね。あとこの街には現状、病院が無いし、医師もいない。だから静かな街を好む人の中に、聴覚やストレスに関する病気を患って苦しむ人にも優しく無い。すぐに無理してでも病院のある隣街に住む方が、安心感や気楽さがあって、落ち着くって気付くんじゃないかな……だから静かさに需要はあっても、このままでは供給出来ない。周囲の木を伐採して再利用しないといけないくらい、財政も枯渇してるから、外部から呼んで支援する予算も割けないだろうしね……ワインがあっても、街が綺麗になっても、移住して住み続けようと思ってくれる人は少ないし、手を叩くことも罪になるかもしれない街を、思い入れのない状態から始めるには酷だよ」
生意気とも捉えられかねないエレナの言い分を聴いていたジーナは、沸々と湧き上がる苛立ちを抑える。それが言葉になって吐き出したところで、ジーナがギルド長として掲げた理想に遠ざかってしまうからだ……【バルバ】の街の規則に逆らうのなら出て行けと、言ってしまったら理想は叶わないし、相反することになる。
「長々と話してくれたわね。長過ぎて危うく眠りそうになるところだったわ。つまり、エレナが私に言いたいのは何?」
「今回のことをキッカケに、もう【滅びの歌】とは、あの惨劇とは、区切りを付けませんか? 十年も経っているんですよ」
「貴女……私に過去を忘れろと言いたいの! 冗談じゃないわっ!」
「そうじゃありません、でも——」
「——そう言っているのと変わらないのよ! 薄情になったものねっ、失望したわっ!」
「わっ、ちょ、ジーナさん、ストップですストップっ! これはわたしのせいで拗れているんですよ? エレナさんに怒っても仕方ないはずですっ」
そう言うとジーナがエレナに掴み掛かろうとして、すぐにバレーノが間に入る。
たまたまさっき話題に上げていた大喧嘩が脳裏を過ったせいか、バレーノはとても素早く反応せざるを得ない。
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