第25詩 『一途たる彼女たちの会合は復興のための方向性で相反し語り嘆き怒り休む』
規則を破って悪い子になった事実を内緒にしようと口裏を合わせる人差し指を唇に当て合いながら、バレーノ、ヴィレ、ピーロは【バルバ】の街へと引き返す。その三人は出入り口にまで着くと、どこへ向かおうかと視線で訴える。いや正しくは、バレーノは内心で決まってはいたけれど、年長者としてヴィレとピーロの気持ちに配慮した格好だ。
「おいお前、どっか行きたいとことか、ねぇの?」
「んー……あるにはあるけど」
「んじゃ、そこまで案内くらいはしてやるよ。おれはお前と違ってイジワルじゃねえからな、最初に蹴り飛ばした借りは返す」
「へぇ言うねー……なら、ピーロくんにもわたしに付いて来て貰おう……君のお母さんが居るギルドにねっ?」
「げっ! ふざけんな、マジ——」
目元を細めてニヤニヤとして言うバレーノ。喧嘩していた母親の存在をチラつかせればどんな反応をするのかと面白半分、仲直りするキッカケになりそうだと思う慈愛が半分といった表情。
すると意気がりがちの小動物が、瞬く間に稲妻を恐れるみたいに後退りをして驚き怒るピーロ。バレーノが更なる余談を重複させれば、今にも逃げるか、飛び掛かるかしそうな警戒体勢だ。
「——……さっきのやっぱなし、やっぱなしなっ! おれはこれから独りで生きていくつもりだし、今日はヴィレと野宿するんだもんなっ!」
「ええっ!? いやいや、ぼく聴いてない……」
「その前に……一瞬で矛盾したねピーロくん。独りで生きていくならヴィレくんと野宿なんてしないよね?」
「う、うるせぇなっ! 子どもが夜遅く外を独りで彷徨くのは危ねぇって言われてんだから仕方ねぇだろっ」
「……それは、誰に言われたのかな?」
「……お前には関係ない。つか、誰だっていいだろそんなの」
ピーロは答えてくれなかったけど、バレーノは誰に言われたのかは、言い渋った反応でおおよそ悟れる。
バレーノがちゃんと認知している【バルバ】の街の住人を例にして挙げると、もしウンベルトならば、そのまま彼の名前を気軽に使用すればいいし、他の知らない住民でも同様。けれど一人だけ、ギルド朝であり母親でもあるジーナからの教えなら、ピーロは絶対に言えない。彼の痩せ我慢が許してあげないはずだからだ。
「なら、ピーロくんがお母さんと喧嘩してることも、わたしには関係ないよねー? あとヴィレくんを巻き込むのもね?」
「そうだよそうだよー、ぼく野宿なんてしたくないもーん」
「あと野宿って簡単に言うけど、色々大変なんだよ? 基本真っ暗だし、寝転ぶと背中痛いし、不気味な物音も聴こえるし……野生の猛獣が襲いかかって来るかもよ……グルワァァァッ!! ……って! っと、経験者は語るっ」
旅人が故に経験して来た野宿の恐怖を知らしめるように、バレーノが唐突に伸びやかな奇声を喚いてヴィレもピーロを煽り散らかす。その声色は案の定、子ども二人の心拍数を跳ね上げさせて脅かすことはもちろんのこと……【バルバ】の街に居る人々にも轟きかねないくらいの声量となる。バレーノも流石に猛獣を模した声を発したのは気になったのか、右へ左へと首を回して周囲を確認した。
「ひぇええええ……や、やめようよピーロ野宿なんて〜……ぼくたち食べられちゃうかも」
「お、脅しに決まってるだろ……いざとなればおれたちがその猛獣を倒してステーキにしちまえば——」
「——ちなみに猛獣に襲われたのは実話だよ。あのときは君たちを倒したときのフィジカル、演奏したときに溢れたマナ、魔法を使ったから無傷で勝てたんだけど……わたしに手も足も出なかった二人じゃ難しいかな〜……身体もちっちゃいし、本当に丸呑みにされて食べられちゃうかもよ〜ギャブガブリンゴクンっとね!?」
更なる恐怖を煽るバレーノ。クリアなボイスで、化け物のようなモーションで、奇怪なオノマトペで、実話を交えたリアリティーで、野宿をする覚悟が足りないと朗らかにも諭すように。
これにはやるなと言われるほどやりたくなってしまうカリギュラ効果の権化のようなヴィレとピーロの性分でも、バレーノという大荷物を背負っていた余所者が述べるからこそ危険性が本物だと唸り、ついには畏れをなして黙りこくってしまう。
「ほらほら怖いでしょ怖いでしょっ。わたしたち吟遊詩人や……旅人はね、日々そんな恐怖がつきまとってる。つまり命懸けて各地で演奏してるんだよ。だからヴィレくんもピーロくんも、甘えられるうちは存分に甘えたらいいと思う。そうだね……今日お母さんのところに帰りたくないなら、わたしが泊まる予定の部屋を貸してってお願いしても良いし、ウンベルトさんの家に泊めてとお願いしても良いかも。その方が安全だし、わたしも——」
「——おいっ! 誰だ声を高らかに張り上げていたのは! 歌っていると勘違いされて……も」
「ん? あっ——」
バレーノがヴィレとピーロに対して真面目な話をしている途中に遮ってやって来たのは、【バルバ】の街の禁則事項に一番遵守するであろう人物……話題にも挙がっていたウンベルトがギルドより駆け足でやって来る。加えてその背後にもう一人、ウンベルトの背格好に隠れている人物が居る。
「——ウンベルト、さん……」
「またお前か! なんださっきの変な声は! ドッグが反応して宥めるのが大変だったんだぞ!」
「あー……ごめん、なさい? でも今のは歌を唄っていたわけじゃ無くて、ヴィレくんとピーロくんが野宿をするなんて言うから、その恐怖を伝えようと、はははは……——」
「——ピーロ!!」
みっともない弁明をするバレーノなど眼中に無く、ウンベルトの背後に控えていた人物……ギルド長のジーナがピーロを発見してすぐに呼び付ける。すっかり酔いも冷め、上着も羽織って、バレーノとの初対面時の剣呑さが削がれ、厳然たる視線を向ける。
そんなピーロも薄々勘付いていたのか、既にヴィレのよりも後ろに居てずらかろうとしたところを、測ってか図らずか制する。
「……一回、ギルドに来なさい。ヴィレも……貴女もね」
「え? わたしも?」
「そういう手筈だっただろ。お前は保留されていただけなんだからな」
「ああ……確かに、そうですね。早期決断はありがたいですし、そうしましょうか」
時間の経過で軟化したのに加え、ジーナの様子から逆らうのは面倒だと判断したヴィレとピーロはギルドの方へ渋々歩み、遅れてウンベルトに促されたバレーノも続く。
出入り口からギルドまでの汚れた道のり。
重々しい静寂が薄影を落とす。
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