第26詩 『一途たる彼女たちの会合は復興のための方向性で相反し語り嘆き怒り休む 2小節目』
再びギルドに戻った……いや戻されたバレーノは、カウンター席より奥にある憩いのスペースの手前で立ち尽くす。ギルド内には入り口付近にウンベルト、ドッグ、ヴィレが居て、バレーノの近くの寝転ぶことも可能な憩いのスペースには変わらずの位置に長老、他にはエレナがオルタシアをたんまりとあやしている。そしてカウンター席にギルド長のジーナとピーロが親子同士で、心を向き合おうとしている状況だ。
ちょっとだけ、【バルバ】の街の禁則に触れた罪の是非に関する話を先に済ませそうかもと感じていたけど、それは全くの杞憂で、ジーナはやはり、バレーノよりも息子であるピーロとの親子喧嘩を優先した。
なので現在進行形で、お互いにカウンター席には座らず、起立したまま身体だけ向き合って視線を逸らし合う、気不味い雰囲気の時間が刻々と進んでいる。どちらも叱ろうか、謝ろうか、反論しようか、他愛のない話で誤魔化そうかなど、どう切り出していいか迷っていると傍観者のバレーノでも分かる。
「あのあの、そこの白服のお嬢さん」
「え? ああ、わたしのことですか?」
思いもよらず、突然真横から声を掛けられる。バレーノがそちらへと向くと、その人物には見覚えがあって、カチューシャみたいに包帯を巻いてこそいるけど、気絶しているときよりは幾分元気そうな、涼やかな碧眼にブラウンカラーの癖毛が目立つポニーテールの女性……ウンベルトの妻であるエレナだ。
すやすやと眠る赤ちゃんのオルタシアの隣で、声の主であるエレナは比較的楽な体勢と、身体を締め付けない紺色が基調のロングワンピースを着て座り、バレーノのことを見上げている。
「はい。その弦楽器……貴女がウンベルトが言っていた……バレーノさん、ですよね?」
「そうです、バレーノ・アルコと申します……えっと、エレナさん?」
「……名前、教えた覚えがないのに何故——」
「——ああ、ウンベルトさんがそう呼んでいたので、多分エレナというお名前なんだろうなーって」
「そうか……ウンベルトから、夫から、話は聴いています。家族全員を、特にオルタシアに治癒術を施して助けてくれたみたいで……ありがとう」
「いえいえそんな。顔を上げてくださいよ」
エレナは仰々しくも行儀良く、バレーノに対して頭を下げて感謝を表す。こうなると流石に、治癒を施すためとはいえあなたの夫を不意打ちで蹴り飛ばしました、とは言えなくて複雑な笑みを浮かべながらバレーノはエレナを見遣る。
ハイアングルからもすらりとした鼻根、まつ毛の長さ、後ろで一結びされているヘアスタイル、そして凛とした態度。
ウンベルトの家に入ったときには気絶中だったため、あまり気長に注視しなかったけれど、ヴィレとピーロがなぜウンベルトとエレナが結婚したのか不思議がる理由の一端を垣間見た気がする……彼女はバレーノのお世辞など抜きに、小さな街に住まうのがもったいないくらいの美女だ。王都に行けばルックスとスタイルと落ち着いた佇まいだけで、仕事や男性からの誘いなど引く手数多になりそうなものだと、不覚にも感心してしまう。
「演奏を、するんですよね?」
「ああはいっ。何を隠そう、わたしはれっきとした吟遊詩人ですっ」
「やはり吟遊詩人っ。治癒術も使えると聴いてもしかしたらと思ってたのっ!」
「……なんですけど、【バルバ】では、そこにいるギルド長の前では、非常に言い難いんですよ、ここだけの話」
こそこそ話をする素振りでバレーノはエレナに不満を吐露。まさに井戸端会議のようなテンションだ。ただもちろん同じギルド内に居るジーナやウンベルトにまで聴こえていないわけがなくて、透き通る声色もこのときばかりは裏目に出て、とっくに内緒話では無くなっている。
「あー……音楽は禁止だから」
「そうなんですよー。おかげでわたしは罪人になりそうで、こうしてギルドにお呼ばれしているのも、そのせいでもうストレスでストレスでー——」
「——そこー? 聴こえてるからね?」
「あっ、ジーナさん……」
「その歪んだ弦楽器を壊されたくなければ、無駄口を叩かず大人しくそこで待ってな……全く気が散る」
「はい……」
ジーナはバレーノやエレナを見向きもせず、その背中と響き渡る声だけでギルド長としての圧を掛ける。
その背中語りを眺めた後。バレーノはエレナと視線がかち合い、エレナは微笑んだまま、ジーナの不機嫌にこれ以上、火に油を注がないようにと示唆する代わりにかぶりを振る。一旦会話を打ち止め、ジーナとピーロの行く末を見守る。
ジーナとピーロは、バレーノとエレナの会話中も全然進展がなく、我慢比べのように押し黙り合っていた。けれど今の忠告の恩恵あって、少しばかり双方が主張しやすいムードに直結し出す。
「……さっきな。借りを返そうとしてたんだ」
「借り?」
ようやく、ピーロの方から切り出す。
ジーナも淡々と意図を知りたいと訊き返す。
「ほら、おれとヴィレが結託して、そこに居るヤツを蹴り飛ばしたことを怒ったんだろ? だからさ……何かしてやらないかなって思ったんだよ」
「……なら普通に謝りなさい。これは貸し借りの話じゃなくて、勝手に蹴り飛ばした自分自身に非があると」
「ちっ、うるせーなババア」
「口が悪い。本当に反省する気があるの?」
「……ないんだったら、一緒に居たりなんかしねぇよ。でも……謝るのはなんか違うっつーか、改まって気色悪いんだよ! だからおれなりになんか……あいつにしてやれることはねぇかって考えてたんだ」
赤面させながら、ピーロがそう言い切る。
それは怒り狂った赤色じゃなくて、羞恥心による紅潮だ。
ここでバレーノも、ジーナとピーロの親子喧嘩に介入する隙間に勘付く。何個か尾鰭が付いていたけれど、元を正せばヴィレとピーロがバレーノに蹴りを入れなければ、こうはなっていなかった。
つまりはジーナが怒っている事柄は、ヴィレと息子のピーロという加害者に、【バルバ】の街の罪人になりそうな被害者のバレーノという構図。ならばこの親子喧嘩の解決策を、バレーノも掌握している。
「あの〜ジーナさん? ちょっとわたしからも良いですか?」
「何? 貴女には関係ないわ」
「いいえいいえっ。関係大いにありですよっ! えっとですね、そのことなんですけど、既にヴィレくんとピーロくんからは、ちゃんと謝罪の代わりのようなものは貰っているんです。なので恐らくは……ジーナさんがピーロくんに厳しく当たる動機は、もう無いはずなんですが……」
身振り手振りで、バレーノはジーナに怒り続けている理由がとっくに無くなっていると伝える。当然バレーノとしてもヴィレとピーロを擁護する必要なんてどこにもないので、嘘は言っていない。
ピーロは案内役を引き受けようとしていたし、さすればきっとヴィレも乗っかって来たはずだ。謝罪の代わりには十分な行動だとバレーノは思う。それにジーナには言えないことを加えると、ほぼほぼ強引に音楽の魅力を布教しようと【バルバ】の街の禁則事項に触れされる行いも、音楽の世界に引き込んでしまってもいるため、もうこれは差し引きなしのおあいこで済む話だ。
「……口の悪い口答えをしたのは事実よ」
「いやだから、あの——」
「——でも貴女の言い分を信じるのなら……確かにピーロを叱る元々の理由はなくなるわね」
「ああ……はいっ、そうなんですっ! そうなんですよ! それじゃあそれじゃあ、ピーロくんは——」
「——……こっちもお酒に酔って言い過ぎたところがあった。あと息子だからって、ヴィレとピーロを平等に接してはいなかったのも、良くなかった自覚はある……ピーロが苛つく要因にはなり得るわ……そこはごめんなさい、ピーロ」
「……ああ。おれも………………な」
ジーナが非のある部分を謝罪。対するピーロも、周りの人には聴こえない呟き声で、ジーナにだけに伝わる言葉を返す。
その瞬間。ようやく親子の目と目が合って、どちらも似たようなタイミングで可笑しくなったのか、同時に口元を抑える。
お互いの目元、鼻筋、髪質に所作、よくよく見ればかなり似通っているんだなと、バレーノはしみじみと一歩下がって二人の親子関係を見つめる。
遠くから眺めているだけで、晴れるように胸が温かくなる。こんな姿同士を、感覚を多分、他人は平和と呼ぶ。
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