第24詩 『勇猛たる正義の執行官たちは新たなる刺激を求めて殴り蹴り合わせ聴く 8小節目』
柔らかく滑らかに編まれる、二人の拍手。
バレーノとブリランテによるパフォーマンスはとうにピリオドを迎えている。けれど、代わりに即興のクラッピングミュージックが終止符など度外視で後に続いている。
ヴィレとピーロの好奇をわなわなと震わせ、瞳孔は虹色と同等の鮮烈な光沢を帯び、開いた口が塞がっていないことに全く気が付いていない。
「ふふっ。じゃあそのアンコールにお応えしちゃおうかな〜——」
再びバレーノはブリランテを構える。
純粋に音楽好きとして、ウキウキになったからだ。
「——いい、ブリランテ。二人の音が主旋律になるように、わたしたちはサポートするよっ」
そう示し合わせて、バレーノはブリランテの一弦を人差し指に引っ掛ける。それからはヴィレとピーロが打ち鳴らす拍手に帳尻を合わせ、表拍は心地良く音色が重なり、裏拍で二人の主旋律を支える。
「おおー」
「こいつ……じゃあこんなのはどうだっ!」
容易く拍手に合わせて来たリズムに感嘆を漏らすヴィレ。対して逆に唇を噛み締めた天邪鬼なピーロは、ほぼ一定で叩かれていた拍手に意図的な変化を加え挑発し始める。
「ほぇ〜……こんな感じ?」
「……なんでお前がおれに……」
「えへへ。なんとなく?」
するとバレーノよりも先行してヴィレがピーロの拍子を合わせる。二人の波長、二人の仲が透ける一幕だ。
「うーん……なら、わたしも加わりますか」
このままの演奏スタンスでも耳に障る音楽にはならないからキープするか、ピーロの挑発に乗って旋律の殴り合いをするか悩み、そっと息を吐いてバレーノは後者を選択。
「うおぉっ!?」
「な、なんだ!?」
「ほっほっほっ。どんな叩き方でもわたしはぜんっぜん問題ないよっ。こっちは演奏のプロフェッショナル……さあ、次はどんなリズムで奏でるのかな?」
ヴィレとピーロによるヘンテコ手拍子に、バレーノは変拍子と休符を混えた独特のメロディーラインで度肝を抜き対抗する。子ども二人からしてみれば、挑発仕返された気分に晒されるだろう。彼女も半分くらいはそのきらいで奏でている。
でもだからといって、お互いの律動を潰しに、食らいに掛かるのは吟遊詩人のプライドが許さない。なのでクラップを殺さず、あくまでも相乗効果を生み出すメロディーの応酬でのパンチングとなる。
「ど、どうするピーロ?」
「……くっそ! なんでそんな簡単にうま……いやまだだ! こんなのは、お前も知らないんじゃないか!?」
「うんうん。このわたし、吟遊詩人すらも欺ける音楽を、一緒に見つけようか?」
それからというもの。ピーロがはちゃめちゃな手拍子を試みては、バレーノが吟遊詩人として積み重ねた長年のエチュードや磨いたセンスであっさりと弾きこなす。
そもそもヴィレとピーロは音楽を禁ずる【バルバ】の街の影響で、演奏技術や理論に疎くなる環境で育っている。子どもならば尚更だ。だからいくら手拍子に捻りを加えたところで、音楽が
つまりピーロが率先して新曲を作り、バレーノがブリランテを駆使し、メロディーの補完と、即席のベースラインで支援する。ヴィレも面白がって乗っかったことで更にリズムパートが増え、トライアングルで向き合った演奏家による音符とマナの演舞となって、竜巻き空中に弾ける。
「おお……なにか浮かび上がってるー」
「これはマナ。そうだね……魔法って言った方が分かりやすいかな」
「へぇー魔法っ! すごーい綺麗っ」
「戦地に赴く吟遊詩人も居るから、同業者にも使える人が多いの。わたしも演奏の可能性を追求したいから身に付けているんだよ……この音楽の魔法を、ねっ……あれ——」
演奏を絶やさず、ヴィレの眩い疑問に答えていると、ピーロが手拍子が聴こえなくなる。バレーノがすぐにピーロを見ると、両腕を脱力しながら垂らし荒い呼吸をしていた。流石に拍子を刻むためのスタミナか底を付いたらしいと悟る。
「——……腕が悲鳴をあげたのかな? うんうん、でもかなり持ったね、ピーロくん。手を叩くってすごく単調に思われがちだけど、意外と力使うんだよ? だから聴いてくれるみんなのスタンディングオベーションは、貴重なんだっ」
「はあ……はあっ、ん……知らねぇよ、んなこと……ふあぁ疲れたー」
「それで、どうだった? 二人とも」
「……ん? どう、って?」
徐にしゃがんで痺れた腕を休ませるピーロがバレーノに訊ね返す。質問の意図を、どうにも図りかねると。
するとバレーノはイタズラな笑みで、ブリランテに触れながらすぐに答える。まるでシンフォニーのような淡く深い問いを。
「……【バルバ】の街では禁じられている、音楽に触れた感想、かな?」
「え、ああ——」
「——ふふっ、二人とも忘れてたでしょ? ずっとわたしと、このブリランテと、手拍子を交えて一緒に音を楽しんでたんだよ?」
「……おれたちを巻き込んだのかよ、罪人めっ」
「あはは、そうかもっ——」
バレーノはしたり顔で笑う。でもその表情には哀愁も微かにあって、後に繋がる言葉に少し怖じける。
「——で……どうかな? 音楽って、言うほど悪くないと思わない?」
それは吟遊詩人として、歌好きの演奏好き、作詞作曲好きの、ただの音楽を愛する者として、もっともシンプルで核心的な気持ちを聴くものだから……バレーノも緊張する。
「……まあ、街ぐるみで無くすようなことじゃ——」
「——うんっ! ぼくたのしかったー! ねえねえ他にはどんなのがあるのー?」
「あっおい、ずりーぞヴィレ!」
「だってピーロはどうでもよさそうにするから——」
「——だってじゃねぇ……こいつに楽しかったとか言っちまって、素直に認めるのが嫌なんだよっ! バカっ!」
ピーロがバレーノに対して指差しながらヴィレにつんけんした反論をかます。でもこの言い方はつまり、全てが相変わらずの天邪鬼による発言だと、バレーノも分かって小さく胸に閉じ込めるように安堵する。音楽を禁忌とした【バルバ】の街にも、まだ旋律が響いてくれる住人が存在していることを。
「……そっか、良かった。わたしがどうやって足掻いても、この街にはもう、一音も届いてくれないんじゃないかと、思って……思ってて——」
「——……大丈夫? 声が、震えてるよ?」
「お前まさか、泣きそうなのか?」
「えっ? ううん、そうじゃないそうじゃない。ただ嬉しいんだよ……わたしは吟遊詩人としても、個人的としても、音楽を愛してる。音楽を奏でる人も、聴く人も大好きっ……だからさ、二人にも、ちょっとでも、伝わってくれて……嬉しい」
さりげなく双眸を閉ざし、バレーノはブリランテを抱きしめながら、彼女の大好きを惜しげなく表す。
「ったく、大袈裟だな……」
「でも楽しいよっートントンってね!」
「まあな……これが、吟遊詩人か……悪くはねぇか……この化け物はうざいが……いや、バレーノだったか」
バレーノの正体をヴィレとピーロは見破る。それは白い化け物でも、【ウヴァ】泥棒でも、ましてや罪人でもない。
歌が好きで、奏でるのが好きで、詩を紡ぐのが好きな旅人のお姉さん。そんな彼女曰く、吟遊詩人だと。
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