第23詩 『勇猛たる正義の執行官たちは新たなる刺激を求めて殴り蹴り合わせ聴く 7小節目』

 両目をパチクリさせるヴィレ。

 呆れ返ったように肩を落とすピーロ。

 音楽を忌避する【バルバ】の街で育った二人からの、忠告とも取れる所作。

【滅びの歌】の影響による統制が、バレーノにもダイレクトで伝わって来る。それでも、だとしても、彼女は挫けずに音楽と向き合い続ける決心を体にして表す。


「じゃあ最初は、わたしがいつもやってるような弾き語りから行かせて貰おうかなー? ヴィレくんとピーロくんはさ、道端で楽器を鳴らしている人だったり、歌ってる人って見たことある?」

「ううん。そんなことしたら怒られるもんー」

「はぁ、おれもヴィレに同じだ。ホームレスのいびきなら、嫌ってほど聴いてきたがな」


 バレーノは何を演奏しようかと考える合間の質問に、素直過ぎる答えが返る。怒られるのは【バルバ】の街では罪になるから。そしてホームレスというのは【バルバ】の街の衰退事情を示す。


「そっかそっかそうだよね……わたしが言うのも良くないかもしれないけど、この街は単純に人口が少なくて、災厄の残滓で景観が損なわれているのもある。でもそれよりも、過去に縛られ過ぎていると思うんだ。顕著なのは音楽……ただその他にも、私生活にも負の連鎖が生まれていると思う——」


 音楽が無くても幸福そうな姿なら、【バルバ】の街には吟遊詩人であるバレーノの出番が無いだけで済む。きっと潔く引き下がったことだろう。しかし今の【バルバ】は、【滅びの歌】により音楽を封じた結果、諸々娯楽を含めた彩色が褪せているようにバレーノは感じる。なんというか、生きていくための活気に乏しい。


「——だから例えばそこに一筋のアルペジオが流れるだけでさ、そんなに大きな変化は起こさないかもしれないけどさ? 怒っている人の集中力を分散させたり、ホームレスの人のいびきを新しいリズムとして捉えることも出来る。こう考えると、少しだけ周りが華やかになる気が、わたしはするんだよ——」


 バレーノはどの曲にするかを決め、最後にブリランテへと訊ねるように手で触れる。弦楽器であるブリランテは言葉で返すことはないけれど、吟遊詩人にとしても、良き相棒としても、とっても大事な対話だ。


「——もちろんね、本当は怒っている人やホームレスの人が居ないのが理想だけど、残念なことに音楽には、他人の根本的な性格や生活まではどうしようもないんだ……あくまで聴いてくれた人が、どんな風に受け取ってくれたかで、ときどき、たまに、背中を押すキッカケになる……ううん、そうなったらいいなって思って、わたしはこの世界のどこかに、自由気ままに赴いた先々で、吟遊詩人をやってます……こんな感じでねっ——」


 刹那。ブリランテに張られた七弦が、バレーノによる湿っぽく侘しいトークとは裏腹の、初速からアップテンポで激甚な奏法で轟々と強く弾く。

 それは感受性が豊富なヴィレとピーロが、思わず両耳を塞いでしまおうかと諸手を挙げさせられるくらいのインパクト。音楽にあまり耐性のない他人からすれば、一見するとただただバレーノが狂乱と騒音を奏でているようにしか映らないだろう。


 しかしこれはまだ彼女にとってのイントロダクション。

 ここに自慢の歌声を織り交ぜてからが、バレーノの真骨頂だ。


『——……砂塵巻き込む蹴りをかます〜街じゃ名の知れた執行官さ。御仁塞ぎ込み鳴りは潜む〜それじゃ救いようがねぇだろって。一人でもなんとかなるけど、二人居ればそれはそれでいい。背筋が怯えることが、無〜くなる〜おいっ! 化け物が彷徨いてる。大切なもん盗もうとしてる〜ヤツはガラ空き隙だらけっ、そこに詰めたもん吐き出すだけっ、罪の歌、暴れ出す前にっ!』


 大人しく澄んだ声色が特徴のバレーノのによる、全てを掻き消すシャウトに富んだ絶唱。その暴走気味でロックミュージックを参考にした曲調と対等に渡り合う、喧嘩をするような唄と演奏の殴り蹴り合いは、初見ではかなり戸惑っていたヴィレとピーロの二人を釘付けにする。


「……なんだ、こりゃ……」

「何もかもめちゃくちゃ……に見えて、指先の動きとかも狙ったところに置いてるのかな?」

「分かんねぇ。でも、そんなに悪く感じねぇんだよ、おれ。寧ろなんか清々しいまである」

「……清々しい、か。ぼくはスカッとするって感じっ!?」

「とにかく言えることは……こいつ、マジもんの化け物かもしれねえ」

「……うん、ぼくもそう思ってた」


 そのままバレーノの演奏は減速することなく、精緻なテンポを精巧に織り成した音色は、まるで玉砕覚悟の勢い任せのように驀進し続けた。

 歌の唄い方からも喉を痛めたり、風邪でも引いているのかと誤解されかねないくらいのハスキーボイスも難なくこなすどころか共鳴させ、ヴィレとピーロを圧倒する無垢なキラーチューンとなる。


「……うん。二人が好きそうな勇猛果敢なイメージのオリジナルソングでした……えーと、どうだったかな?」


 演奏歌唱を終え、先ほどまでのハスキーシャウトから一変させ戻ったバレーノの混じり気のない声。そのギャップに苦笑いし、改めてヴィレとピーロは内心でバレーノを化け物扱いしながら、罪の意識なんて忘れ……無意識に手を叩く。

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