第22詩 『勇猛たる正義の執行官たちは新たなる刺激を求めて殴り蹴り合わせ聴く 6小節目』

 程なくして、ヴィレが言うには【ウヴァ】の元農園といえる場所に到着する。ただ過去を存じないバレーノの視野からの感想だと、そこそこの広大さではあるものの、肝心の土地内部は無造作に細々とした雑草と灌木がなんとか生命線を繋ぎ止め、慣らしたはずの土地は経年により干からびているようにしか映らない。

 先ほど見かけたばかりの【ウヴァ】の果実のいくつかが、円弧を描いて畝るツルに実っているのが不思議なくらいの、局所的にはマシな部分もあるが、農園と表現するにはなんともお粗末な環境下だった。


「ここだよー」

「うわ……久々に来てみればまた酷くなりやがったな」

「もう、誰も使っていないのかな……」

「まあ……それでいいんじゃね? おれたちが産まれる前の災厄のせいで、元の持ち主が亡くなっちまったんだと。代わりに酒浸りババアが、【バルバ】のワインを復活させようと動いたこともあったらしいが、人手不足でそれどころじゃ無くなったらしい……自家製のワインを作るためにちょこちょこ、ここに足を運んではいるみたいだけど……流石に一人でこの広さの農園を維持するのは困難だろうよ。今じゃ家庭菜園的な使われ方しかしてねぇな」

「そうなんだね……というかピーロくん? お母さんのことをババアって呼ぶのは感心しないなー」

「うるせぇよ」


 ギルド長であり、実の母親であるジーナの苦悩をピーロがつらつらと語る。酒飲みだと、ババアだと、散々口では罵っているけれど、本当に見限ったわけではなさそうだとバレーノは念のため嗜めつつも思う。


「ねえ、それでそれでっ。街の人に聴こえないところに来たよ! そろそろ正体を教えてよー」

「……ああ、そのためにわざわざ移動したんだしな。早く言え、クソみてーな内容だったら張り倒すぞ」

「ふっふっふっ、そんなにわたしのことが気になるのかね麗しき若人よっ! まあまあそんなに焦らずとも、いずれ閃光の輝きのようにその名を伝播させるであろうわたし——」

「——前置きうぜーから。さっさとしろよ」

「あっ、はいはい……少々お待ちを、よいしょっと——」


 怠そうに苦言を呈したピーロという観衆の意見に倣って、バレーノは自身でも長ったらしく勿体ぶったセリフをぶった斬り、早巻きで正体を明かす準備をする。背負っていたブリランテを手前に持って来て、いつでも演奏を行える体勢になり、ふふんと白銀の髪の毛の一縷を揺らす。


「——それではまず、わたしの正体を語る上で欠かせないのが、この七色七弦の弦楽器……さっきも言ったけど名前をブリランテと言います。このブリランテと共に、わたしは各地を旅しながら歌を唄い、弦を弾き、響き奏でる……吟遊詩人という括りで、音楽を披露しています——」


 バレーノはブリランテのネックを優しく持ち上げ、ヴィレとピーロから見て最もカッコよく映る角度にして魅せる。

 音楽には歌唱力や演奏力はもちろんのこと、ビジュアルが良くて損はしない。加えるとそれはバレーノだけではなく、楽器であるブリランテも同様だ。どちらも主役で、どちらも助演であるのが理想的なスタイルと言えなくもないだろう。


「——うーんとね。これを要約すれば、吟遊詩人は旅する歌手といったところかな? まあ偏に吟遊詩人といっても、わたしみたいに各地を巡り廻るタイプだったり、幻獣種と討伐するためのパーティーに参加してスキルやマナの補助や、治癒役に徹するバトルメインのタイプなど色々ありますから、これこそが吟遊詩人たるべき姿だというのは無いです」

「吟遊詩人……歌唱に演奏……ああなるほどな——」


 しばし下を向いてぶつくさとしていたピーロがバレーノの説明を脳内で纏め、やがて一つ合点がいった要素があると見据える。


「——あのババアが、お前のことを罪人にした理由が分かった。どっかで演奏したのがバレたんだな?」

「うーん……概ね正解。正確にはウンベルトさんに見つかって、ギルド長が待ってると半ば連行されるような形になり、ギルド長のジーナさんの裁決を待っていると、ヴィレくんとピーロくんが現れ……なんだかんだで後回しにされて現在に至ってます」

「へぇー……ってことはまだ、罪人って確定したわけじゃねえのか」

「どちらかというと容疑者扱いかな? まあ【バルバ】の街の規則を知らずに破っちゃったから、このままだとそうなっちゃうんだけどねー……はははは」


 厳密なことを言うと、バレーノはまだ罪になるか否かの段階だ。しかし彼女としては吟遊詩人としても、どちらに転んでもそんなにダメージはなくて、また流浪の人間としても、【バルバ】の街の罪人のレッテルが貼られたくらいで、生き様に変化が生じるような事件でもなんでもない。気にしない。


「はっ、その割には随分と呑気なもんだな。またそんなもんを掲げやがって、まるで演奏する気満々な格好してるしよぉー」

「だってこれから、君たち二人にわたしとブリランテの、とっておきの詩を聴いて貰おうとしているからね?」

「はぁ? お前何言ってんだよ。この【バルバ】で演奏なんかしたら——」

「——もう規則は破ってる。ならやることは決まってる……音楽に疎いけど、その良さを知ろうとしてる君たちに、ヴィレくんとピーロくんに、音楽の素晴らしさを、繊細な音色を、吟遊詩人として聴かせたいんだっ」


 バレーノはブリランテの頭頂部に当たる箇所を撫でながら、罪人の蔑称にも屈しない吟遊詩人の矜持を告げる。何の霞みのない双眸で、極々ナチュラルに。

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