第21詩 『勇猛たる正義の執行官たちは新たなる刺激を求めて殴り蹴り合わせ聴く 5小節目』

 ヴィレとピーロがウンベルトとエレナ夫妻の馴れ初め予想で茶化しあっている間、バレーノは口許を隠しながらそんな二人を交互に見つめ、着々と脳内で悪巧みを企てる。まるで本当の罪人のように。


「——ねえねえ、二人ともー。話変わるんだけどさー」

「はあ? なんだよ、今ヴィレと喋ってんだから、余所者のお前が気安く話変えてくんなよなー」

「よなー」


 嫌そうな声色のピーロ。

 それに呼応するヴィレ。

 これはこれで可愛らしいパターンだなと微笑み、バレーノは反発にめげずに続ける。


「もう。そうやってわたしを除け者にしようとするー……それよりもねえ、ヴィレくんとピーロくん? わたしの正体……知りたくない?」

「え? 正体?」


 するとヴィレとピーロが若干ながらも前のめりの体勢になる。まるで釣り人の撒き餌に食い付いた鯉のようだ。縁起が良さそうな瞳孔の輝きと一緒に、二人はバレーノと向き合う。

 ついでに化け物扱いしたことからも逆算するに、この二人はミステリアスな存在に興味津々だと予想したバレーノの思考が確信に変わり、さらに意味深なセリフを吐く。


「そうそうっ。化け物で泥棒で罪人でもある、余所者のわたしの化けの皮……二人で剥がしてみたくならない?」

「……ほおん? おれとしたら、さっきあっさりと負けちまったから、【ウヴァ】を盗もうとしたことを含めて無視してやろうと思ったが……お前から教えてくれるなら、面白い、乗ってやってもいいぜ。ヴィレはどうする? お前がめんどくさいなら、こんなヤツの提案なんて聴いてやらねぇけど?」

「んー? ぼくはピーロが気になるならいいよー。この化け物の強さの秘密とかも知りたいしねー」

「よーしっ! 決まりだねっ! じゃあそうなるとだね……——」


 バレーノは両手を一度叩いて、心変わりする前に強引に話を纏め上げる。そして右へ左へと見回り、【バルバ】の街から少し出た初見の平野を視界に収める。


「——えっと……この辺りで【バルバ】の街の人たちに聴かれないような場所に行きたいんだけど、どこか良いところない?」

「はぁあ? 全くお前はわがままだなー……いきなりそんなこと言われたってな——」

「——あっはいはい! ぼく知ってるー! あるよあるよー! ちょっと歩いたところにねー、ここよりもたくさん【ウヴァ】が実ってる元農園があるんだー。そこに行けば確か、大声で喚いても【バルバ】の街までほとんど聴こえなかった記憶あるよー」


 ヴィレが揚々と片手を挙げて振る。

 彼は任せて欲しいと、胸を張り上げる。


「おいヴィレ、お前勝手に……っつかそこって——」

「——ちなみにソースは……あっ、根拠のことね? ソースはぼくとピーロだよー。昔ジーナが自家製のワインを作ろうとしたときに連れて行ってもらって、ぼくとピーロはちっとも楽しくなくて大泣きしてさー、ずっとジーナが慰めていたのに、街の人は誰も聴こえずに、後から来たウンベルトが道中に気が付いてビックリしたって言ってたの憶えてるんだー」


 ヴィレが言う昔が、具体的にいつ頃なのかバレーノ視点では分からないため、漠然と脳内で映像化するしかない。ただヴィレはピーロと同じくらいの小柄さであることから、九歳のピーロに近い年齢と推定され、ワインを作る工程に興味を示さない場合や、【ウヴァ】を摘み食いするなと諭された場合、そのワインが完成したときに飲んでみたいと駄々を捏ねて断られた場合なども、子どもが大泣きする要素にはなりそうだなと頷く。


「あーあの武闘家のウンベルトさんが聴こえなかったのか。じゃあ信憑性がありそうだねー……うん、そこにしようっ。農園でここと同じような【ウヴァ】が実る灌木があるなら、遠くからも隠れられるだろうしね。ということで、案内してくれるかなヴィレくん?」

「もっちろんだよー! 付いて来てー!」

「おいおれを無視する……ああくそっ、おれも付いて行けばいいんだろっ! 置いて行くんじゃねぇよバカっ!」


 文句を垂れながらも、ヴィレ、ピーロの順番で無駄にアクロバティックな、パルクールにでもありそうな立ち上がり方をすると、そのままほぼ横並んで、迷えるバレーノのことを先導する。


「バカって言う方がピーロなんだよー」

「それどう言う意味だヴィレっ!」

「……大丈夫、なのかな?」


 バレーノからしてみれば、道案内をお願いしたら、よく分からない経緯の口喧嘩をし始めたヴィレとピーロの数歩後ろでしんがりを務める。この中では最年長のお姉さんとして、二人に割って入って仲裁するべきかなとも思ったけど、逆に悪化して案内すら辞めてしまいそうだと察し、喧嘩するほど仲が良いという誰かが残した格言を信じて見守る。


「もう、ピーロうるさいよー」

「うるせぇ。なんだその悪口はよぉー」

「ん? バカとかアホとか言われたからそう言い返せって、長老が教えてくれたんだー」

「あんのクソ老いぼれジジイ。ふらりと現れてはヴィレに余計なことばっか吹き込みやがって」

「ああ、そうだねー。この街に来たときには、もうそんな感じだったねー」

「変なヤツだよな。まあウンベルトや……酒飲みババアが長老っつーなら、おれらが産まれるずっと前は違ったのかもしれないけどなー」


 いつの間にか長老の話題にすり替わる。バレーノとしても、軽く謝っただけでちゃんと喋っていなかった人だなと回顧しつつも、それよりも目の前の変化の方に驚く。


「……あれ? いつの間にか喧嘩終わってる?」

「何言ってんだ。いつおれたちが喧嘩したんだよ?」

「だよー!」

「ええ……いやなら、いっか。これはこれで平和だもんねー……さてさて、【ウヴァ】の農園はどこにあるのかなー」


 勇敢な自称執行官であるヴィレとピーロという、悪く言えばまだ青二才とも映り、良く言えば伸び代ばかりある彼ら。

 その後ろ姿はやはり少し頼りなくて、年相応の幼さとシンプルな感情の応酬が、バレーノの眼前に草地と共に広がっている。

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