第20詩 『勇猛たる正義の執行官たちは新たなる刺激を求めて殴り蹴り合わせ聴く 4小節目』

 それからバレーノはというと、草地の絨毯で寝そべっているヴィレとピーロがいつ起き上がるのかなと、後ろ手に組んで見守る。こうしていると、無邪気にも開放的に外で寝転ぶことは無くなったなと、野宿の際も体裁を気にして必ずテントを張るようになったなと、バレーノ自身が歳を重ねたんだなとしみじみ懐古する。


「おい、白い化け物」

「……もしその化け物がわたしのことを指し示しているのなら心外だよ。わたしにはバレーノ・アルコという、大切な家族が名付けてくれた名前があるんですよ?」

「さっき目を瞑るって言ってたじゃねえか」

「うぐっ……都合の悪いことは覚えてるんだねぇ、ピーロくん?」

「ああ。化け物で泥棒で、罪人でもあったか? 何をしたら、んな悪行を重ねられるんだよ」

「化け物と泥棒は君たちが付けたんだけどね。ちなみにいうと罪人になっちゃったのは、ピーロくんのお母さまのせいですけど」


 嘆き節にも恨み節にもなる言葉を、言ったところでどうしようもないピーロ相手にバレーノは伝える。


「またあいつの話かよ。やめろっつっただろ」

「いやーごめんごめんっ。話の流れでつい、ね?」


 そんなピーロも母親であるジーナのことなんて知ったことかと寝そべるのを辞め、両脚裏をくっ付けた胡座に似た座り方で、両手をその三角形の空間に置く。ついでにヴィレもピーロに倣って上半身だけ起き上がる。


 こうなると流石に、この中で大人が一人だけ立ち上がっているのもバランスが悪いなと、バレーノもヴィレとピーロと同じくらいの目線の高さになるようにしゃがむ。自慢の長丈のローブに折れ線がなるべく付かないよう、太腿裏をなぞりながら淑やかに。


「……なんでお前しゃがんだんだ?」

「んだんだっ!」

「いいじゃんっ。わたしだけ立ってると仲間外れみたいじゃん」

「はあ? つかあとお前。敬語になったり、タメ口になったりで安定しないな。どちらにせよ違うけど、そんなヤツが仲間に入れると思うなよ?」

「……んー。それはわたしが育った環境のせいかな? 色々あってブリランテと一緒に各地を旅するようになる前は、そこそこ裕福と言える幼少期を過ごしていたからね……まあ君たち二人と同じように、たくさんイタズラをして困らせて来た自覚はあるけどさ」


 バレーノは背負ったブリランテを撫でながら、大衆に聴かせる吟遊詩人モードでは、あまり語らないように努めている過去の話をヴィレとピーロに喋る。

 戦闘時のときみたく子どもだからと油断したのか、二人のコンビネーションがバレーノの幼少期と重なり合う部分があったせいなのか、彼女自身にもちょっとよく分かっていない気持ちだ。


「おおっ。やっぱり白い化け物はお金持ちだったんだねー。ぼくの見立て通りだー」

「あら。ヴィレくんはわたしがお金持ちだと思ってたんだ? どの辺を見てたのかな?」


 バレーノが質問してみると、ヴィレはすぐに正面を指差す。そこはバレーノの胴体の辺りで、胸部や腹部や腕や、ましてや畳んで胴体の手前にある膝元なのか定かじゃない。いや正確には、その全てに被さっているモノを指し示しているから、おおよそ定かじゃないこと自体は間違いではない。


「まずその白いローブ! 真っ白な服は高級品だって長老が教えてくれたから」

「あーこのローブか。いいでしょういいでしょうっ。これはオーダーメイドした特注品でね、モデルに合わせた特殊仕様なんだー。んーでも高級品……というか、そもそももう値段も付けられないくらいの衣装なんだよねー」

「値段も付けられない!? 質屋に行っても?」

「ふふっ質屋かー……んー普通に考えたら防寒服と同じくらいな気がするけどなー。いや祭服扱いとかされそうかなーデザイン的に。あとオーダーメイドとはいえ量産もしてるし……いや! いつかわたしという吟遊詩人の名が轟いて付加価値が付くかもしれないっ。偽物が出回るほどの人気が沸騰するかもしれないっ。そう! つまりはこの真っ白いローブはプライスレスなのですよ!」

「おーっ! なんかよく分かんないけど、すごいねー」


 現状は売れない無名の歌い手だと遠回しに露呈することを高らかに述べただけなのに、なんとか格好が付くように言ってのけたバレーノにヴィレがお世辞の拍手を送る。

 しかし観客からの拍手喝采に飢える吟遊詩人のバレーノは、そんな乾いた音色に図に乗って、その禁忌に気付かずに自身の後頭部の撫でて照れ隠す。


「ちょっ、おいヴィレ! 拍手なんてするなよ」

「あっ! そうだ忘れてた」


 ヴィレの拍手する諸手を、ピーロがこれ以上はするなと無理やりに押さえる。

 バレーノは一瞬なんで止める必要があったのかなと疑問に思ったが、そういえば【バルバ】の街は意図的な音楽を禁ずる街……しかるにクラップすらも音楽に含まれる。


「はぁ……全く。それで前も怒られただろうがよ……ほんとわけわかんねぇ規則だがな」

「だよね。隣街では普通にやってたんだよ。楽しそうに」


 律したピーロが呆れるように、諭されたヴィレがしょんぼりとするように、両手を静かに引っ込める。


「……【バルバ】の街って、本当に拍手も規制に入るんだ。やっぱり勿体無いなー……あれ? 君たち隣街とか行くんだ? とっても遠くにあるんじゃなかったっけ?」

「うんあるよー。この道のずっと向こうの街にねー。エレナが入院してたときにこっそりぼくとピーロで逢いに行ったんだー……あとでめちゃくちゃ怒られたけどねー」


 隣街は武術に精通したウンベルトですら往復に躊躇する距離にあったはずだと、バレーノぼんやり思い出す。加えて入院していたエレナの名前に、僅かながら引っ掛かる。


「エレナ……エレナ? ああっ! ウンベルトさんの奥さん! 入院してたときっていうのは、妊娠してたときのこと?」

「そうだよー。すっごいお腹が膨らんでたんだー……なんかもう、パンパンだった」

「確かに。おれ、エレナにそれ便秘かって聴いたら頭叩かれたわ……冗談に決まってるのによぉ」

「あはは……まあ頭を叩かれるくらいで済んで良かったんじゃない? へぇーでも、わたしが知ってるエレナさんは気絶してたからよく分からないけど、結構フランクな人っぽいというか、寛容そうな人なんだねー……ウンベルトさんとは違って」

「ああ。お前なんかと同じ意見なのは癪だが、性格は真反対だな。おれ、未だにあの二人がなんで結婚したのか分かんねぇもん。年齢が近い者同士でお見合いでもしたのかな? あいつら同い年だし」

「ふーん。機会があったら話してみたいものだねー……隣街は音楽に溢れてるらしいし……む? あれ? ということはこの二人って——」


 呟きながら、バレーノはふと気付く。

【バルバ】の街では禁じられた音楽。

 厳格たる、統率されつつある事実だ。

【滅びの歌】の歴史が刷り込まれた人間にはもう、揺るぎようがない忌々しさだろう。

 しかし隣街に繰り出して拍手を楽しげに叩いていたと知る若いヴィレとピーロは、少なからず音楽に触れ、リズムが楽しいと知っている子たちじゃないのかと。

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