第19詩 『勇猛たる正義の執行官たちは新たなる刺激を求めて殴り蹴り合わせ聴く 3小節目』

 ヴィレがジャンプをして、バレーノの首元を押さえ付けようとし、ピーロが弦楽器のブリランテではなく直接身体にぶち当てようと臀部の辺りにアッパーを繰り出す。バレーノは不安定な重心のまま、上からも下からも攻撃を受けそうになっていて、袋の鼠のような状態でかつ、人数的不利の煽りをもろに受けてしまっている。


 避けることが出来なければ受け身が取れず、脳天からも落ちかねない。また背負ったブリランテが地平とバレーノの体重に挟まれ、衝撃の負荷を乗せてしまい、丈夫とはいえあわや壊しかねない状況。それはバレーノとしてはなんとしても、彼女自身のリスクを度外視にしても、さすらいの吟遊詩人としても、愛すべき相棒のためにも絶対に回避しなければならなかった。


「すごく大人気ないけど、これはもう仕方ないね——」


 体勢を崩されたままバレーノはそう呟くと、まず掬い上げられた前脚の膝を強引に折り畳み、足裏をピーロの拳を土台代わりにし、重心の不安を少し改善させ、同時にアッパー攻撃そのものを封じる。

 そしてそんなアッパーの威力を助力へと変換させ、バネのように弾み身体を捻ると、首元を狙ってトドメを刺しに来たヴィレの二の腕にハイキックを見舞い、双方ともの連携攻勢を片脚のみで封殺する。


「——うん、理想的な動き」

「くっ! なっ、おいヴィレ! 嘘だろ……身体は完全に、空中に投げ出されてた……はずなのに、意表を突いたはずなのに!」


 ピーロは押さえ付けられた拳骨を摩って痛みを誤魔化そうとし、ヴィレは躓いたように若草の上を転がる。

 そしてバレーノはというと、ヴィレを蹴り飛ばした脚をそのまま軸脚に転換し、背負っていたブリランテを庇いながら、転倒することなくまた平然と立ち尽くして見せる。


「あっ、ヴィレくん大丈夫? 飛ばしちゃったけど、痛くなかった?」

「あたた……うん。ふー、これで負けたらねぇ。ぼくらにはまだどうしようも——」

「——くそっ! くそくそくそがぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 やられたと降参を示すように、ヴィレは大の字になって仰向けになる。だけどそんなヴィレの言葉が聴き届かなかったのか、ピーロはたった一人で、憂さ晴らしをするみたくバレーノに蹴り掛かる。


「うんうん、悪くないコンビネーションだったよ。敗因があったとしたら、まだ二人が成熟しきっていないことくらい……かなっ」

「こんのぉぉぉっ!!」

「痛いかもしれないけど、ごめんねピーロくん」


 無謀にも爆走して間合いを詰めてくるピーロ。その諦めの悪さを、バレーノは内心で高く評価しつつも、ガムシャラで考えのない戦闘の無力さを暗に伝える目的も兼ね、しゃがみ込んで片脚だけピーロの腹部に向け突き出すと、彼の速度を殺さないまま足裏で上空へと巴投げの要領で軽々と飛ばす。


「あ、え?」

「おー、ピーロが雲みたいになってる〜」


 いきなり視点が若草の方に切り替わって、ピーロは空中にて一回転をしながら、先んじて仰向けとなって降参宣言をしたヴィレの真隣に受け身を取りつつ転々と身体が投げ出された。


「ありゃ、ピーロもやられちゃったかー」

「……なんでだよ。おれたちの作戦は完璧だった。あいつの裏もかけた。なのに——」


 バレーノに敗北したことに関してはあっからかんと受け入れたヴィレと、しっかりと嵌まった作戦ですらも勝ち切れなかった悔やみがダダ漏れのピーロ。

 人数的には有利だったとはいえ、体格差や脳内シミュレーションからも敗色濃厚であるとヴィレもピーロも薄々理解してはいた。それでもバレーノを倒し、余所者を排除し、【バルバ】の街の子どもなんていう身分の汚名を晴らしたかった。正義の執行官になりたかった。ましてやピーロはギルド長であるジーナの実の息子……口論になった経緯からも、立派に独り立ち出来るくらいの力量をバレーノを通じて知らしめたかったから。


「——おれたちなら……少しはお前を倒せると、勝てると思っていた。でもこんなんじゃ……【バルバ】の街の執行なんて、夢のまた夢だ」

「いいえ。夢ではありませんよピーロくん。ヴィレくんにも言えることだけど、二人の作戦はとっても良かった。わたしがあのまま体勢を崩されて、トドメを刺されて、伸びてしまっていてもおかしくはない展開の攻めでしたからね」


 相変わらず仰向けのままのヴィレ、寝転がって身体を丸くしているピーロにバレーノがかぶりを振りながら近付き声掛ける。


「……気休めはやめろよ化け物。お前は全く本気じゃなかった……だって実質片脚一本でおれたちのコンビネーションを封じ込めやがったんだから……子ども扱いしてたから」

「それは結果論ですよ。わたしとしても普通に素手で攻撃をいなそうかなと思っていたので。今回はたまたま片脚だけの方が、制限下にある身体にとって都合が良かったからね」

「よく言うぜ。楽々とおれたちふたりを蹴り飛ばしたくせによぉ」

「いやいや、正直楽々ではなかったよ? ただまあ蹴り飛ばしたのはちょ〜〜とだけ、私怨も含まれてたかな? ほらわたし、君たち二人に背後から蹴り飛ばされているでしょ? だからこれくらいは、ねっ?」

「なにが……不意打ちと正攻法じゃ全然違うっての」

「ははは……それはそうかも。それより二人とも立てる? 手、貸そうか?」

「「いいっ!」」


 差し伸ばしたバレーノの両手を、またもや阿吽の呼吸で応じたヴィレとピーロが一緒にそんな手を振り叩く。次こそは二人で勝利をもぎ取ると、宣戦布告をするかのように。

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