第17詩 『勇猛たる正義の執行官たちは新たなる刺激を求めて殴り蹴り合わせ聴く』

 ひょんろりひょんひょん。

 ぴょんとしてぴょんぴょん。

 足元に散らばる塵芥なんてお構いなしに、ローブの右腕を覆った箇所の布地が破れていることなんてお構いなしに、弾ませた爪先歩きのスキップをしながら上機嫌に【バルバ】の街を堪能するバレーノ。


 彼女の両手はしなやかに波打ち、両脚は一定のリズムで交互に平面へと接地し、背負われたブリランテが厄介そうに何度も何度も上下に揺さぶられる。


「こうして街並みを練り歩くのも旅人の醍醐味だよねっ、ブリランテっ。ちゃんとした演奏が出来ないのは残念だけど、一泊する場所が決まって野宿しなくて済んでるし、ここの街の人も悪い人たちじゃないみたいだし……っと、揺らし過ぎはよくないね。ごめんごめん」


 そう弦楽器のブリランテに告げるバレーノの行く先は、ギルドや宿屋とは反対方向で、バレーノが【バルバ】の街に入った方向とも逆である、もう一つの出入り口。


 そこは次なる吟遊詩人の冒険への境目。

 バレーノは心が先んじて、ふらりと訪れてみたわけだ。


「この向こうは一体どんなところへ繋がっているんだろうねー。おーでも、ほうほう……わたしが入って来た逆側とは違って、結構緑色が豊かっぽいっ。あっ! みてみてブリランテっ、あの灌木かんぼくに美味しそうな実がなってる! 行ってみようよー!」


 弦楽器のブリランテの返事なんて聴くまでもなく、バレーノは駆け足でその灌木へと赴く。一目で成熟していると判る赤々とした、光沢が眩しい小粒が連なる果実の前に止まってしゃがみ、なんだろうかなんだろうかと角度を変更しながら見つめる。


「んー? 似たようなのは見たことあるけど、これはわたしの知らない品種の果実だねー。ぱっと見はすごく美味しそうなんだけど、しかもこんな道端に……はっ!? ま、まさか毒とか!? いやいやそんなまさか……でもじゃないと、こんな分かりやすいところに実っているのに、収穫しない理由がどこにもないよね!? こんな可愛らしい見た目をしてるのに……恐ろしい粒たち!」

「そんなところで何しやがってんだ。まさかそれを盗むつもりじゃねえだろうな?」

「んだろうなっ!」

「およ? むー——」


 寸劇のような独り言をつらつらと並べていたバレーノの背後から取り締まらんとする、若々しくまろやかな甲高い声が二人分。勇ましくも彼女の不審な動向に、持ち前の正義を振り翳す。

 バレーノは余計な人物に喋りを聴かれた恥ずかしさをひた隠すように振り返ると、そこにはギルド長であるジーナと口喧嘩になり、どこかへ駆け逃げてしまっていたピーロと、対等な関係のヴィレが横並びで見下げる。正確にはしゃがんでいたバレーノとそんなに高さは変わらないけれど、だらけた大人をくびる可哀想な視線ではあって、軽蔑という意味ならそこまで間違ってはいない。


「——あー! わたしを後ろから蹴飛ばして来た子ども! ギルド長のジーナさんの息子のピーロくんと、その友達のヴィレくんだったよね?」

「そうだよー。ぼくがヴィレ! こっちがピーロ」

「ちっ……その言い方はやめろ。おれはあいつとの縁を切ったんだ」

「親子の縁って、そうそう切らないとわたしは思うけどなー」

「うるせぇ。次その話をしたらぶっとばすぞ」


 笑顔で自己紹介してくれる柔和なヴィレと、舌打ちをしながら不愉快だとそっぽを向く反抗的なピーロ。そんな性格や表情が対照的な反応の少年二人を、バレーノはお姉さんらしく慈しみを込めて相対する。


「はいはい……あっ、そういえば今回は後ろから蹴り飛ばして来なかったね? わたし隙だらけだったのに、もったいないことしたねー」

「だって蹴りごたえがないも〜ん」

「ああいうのは大荷物に振り回されてるヤツにやるから面白いんだ。あとその変なヤツが邪魔なんだよ」

「邪魔なヤツ? ああ、ブリランテのこと?」

「ブリ……? なんとかか知らねぇが、そんな変なモノ背負うなよ白い化け物……いや今は【ウヴァ】泥棒って言った方がいいか」


 ピーロがそう宣言して指差すと、バレーノは【ウヴァ】とはなんだろうかと首を傾げる。初めて聴いた単語だと言わんばかりだ。泥棒扱いすらスルーしてしまうくらいに。


「【ウヴァ】って?」

「なんだよ知らねぇのかよ。赤……いや紫? まあどっちでもいいけど、その果実のことだ」

「へーこれ【ウヴァ】っていう品種なんだ。わたし初めて見たよー」

「こんなことも知らないなんて、ガキかお前は」

「大人にだって知らないことの一つや二つあるんだよ。あとそうだね……白い化け物とか【ウヴァ】泥棒には目を瞑るとして、君たちみたいな子どもにガキ呼ばわりされるのは、お姉さん心外だなー」

「「なにっ!?」」


 それは偶然、ヴィレとピーロの言葉が綺麗にハモる。しかし二人の意味合いは異なっていて、バレーノに煽られた腹いせのように反抗的なピーロと、そんなピーロの気持ちを分かっていて合わせにいったヴィレという構図だ。仲良しな二人だからこそのハーモニーといえる。

 ちなみにバレーノがヴィレとピーロを軽く煽った理由は、暇だから一緒に遊ぼうの意味の裏返し。やんちゃ小僧の二人には普通に誘うよりも、このまま白い化け物や【ウヴァ】泥棒などの悪役に徹した方が早いと判断したからだ。


「なんだてめぇ? おれとヴィレは悪を罰する正義の執行官だ。子どもなんかじゃねぇさ」

「執行官か、なるほどね? じゃあ一応君たちに伝えておくとねー……わたしって化け物で、泥棒で、あと【バルバ】の街の罪人なんだけど、こんなの野放しにするのは良くないと思わない? 果たして二人で裁かなくてもいいのかな?」

「ほお? そいつは許せねぇな。ふん、いいぜ。おれたち二人でお前を裁いてやるよ!」

「よーし! やるぞー!」


 ヴィレとピーロはバレーノに向けてファイティングポーズを取る。子どもなりの正義を守らんとする勇猛さだ。

 対するバレーノは黙々と立ち上がると、いつでもかかって来なさいと言いたげに不敵な笑みを先制攻撃で、ヴィレとピーロに大人気なく浴びせる。

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