第14詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 13小節目』
愛用のローブを犬歯が貫通し、衣服にじんわりとバレーノの流血が染み渡る。グァルルゥと唸りながら噛み付き離さない猟獣のドッグは、その剥き出しの歯牙を加減知らずに、右腕の深く奥に食い込ませる。
そんな痛みを堪えるように、バレーノはブリランテを強く握り、渋面を浮かべながら蹲る。両肩は忙しなく上下しているのに、呼吸は意識的に深々と循環させ、なんとか自律神経の乖離を最小限にする。
「教えたはずだが、失念していたのか? ドッグはギルド長のジーナに使役されていて、【バルバ】の禁則事項を破るモノに容赦無く噛み付く……楽器を弾けば、そうなってしまうのは必然だ」
「……わたしと、したことが。これは、うっかり、うっかり」
「はあ……吟遊詩人が聴いて呆れる、辿々しく、か細く、切ない声だな。そんな身体じゃどちらにせよ、これ以上の演奏は無理だろう。さあ、約束通りその楽器をこちらに渡して貰おう……罪に問う前に、俺の家を休息の場に使うくらいは許容しよう……さあ、そこに——」
「——それは、ありがたい……提案ですねっ!」
「なっ——」
刹那。悠々と楽器を回収しようとしたウンベルトに向け、神経が麻痺して蹲るしか無かったはずのバレーノが、ブリランテとドッグを抱えたまま、半回転しながら跳び掛かり、そのままウンベルトの側頭部にマナのバフを塗した右脚が炸裂する。
「——お前まさか演技……ぐはぁっ……」
「ふふ……半分正解。半分不正解、ってところですかね?」
油断し切ってバレーノの右脚をまともに食らったウンベルトは、家族であるエルナ、オルタシアが居ないキッチンまで吹き飛ばされる。釜戸がクッション代わりにはなったが、右耳の蝸牛が刺激されたことによる平衡障害と、エレナと似たような外傷により、完全に伸びてしまっている。
「はあ、はあ……ふぅ……ちょっとやり過ぎましたね。ごめんなさい、ウンベルトさん。こうでもないと、あなたに勝つことはおろか、出し抜くことも出来なかったので……っと、こうしている場合じゃない、早く娘さんの治癒を施さないと——」
ウンベルトを蹴り飛ばす前ほど大袈裟ではないけど、バレーノに帯びた身体的異常は着実に蝕んでいて、纏ったマナによるドーピングが無ければ、とっくに彼女の方も失神しかねない状態だ。
即座にバレーノはオルタシアの元に歩む。威嚇するドッグに噛まれたまま、全ての敵意を受け入れるように。
「——ドッグだっけ? きみはウンベルトさんが言うように優秀だね……だから気に病むことはないよ、役目を全うしたに過ぎないんだから……あとはわたしに任せて」
現在進行形でバレーノに咬傷を刻み続けるドッグに、彼女はそう告げて淑やかに微笑む。そしてシワにならないように下肢を覆うローブの裾を軽く払って正座の体勢、ブリランテを構え、改めて七色七弦ある中の三弦から始まる旋律を奏でる……そっと添えたブレスを合図に。
『憐憫な〜彼方の番〜散りそうに。共に行くには〜幼い呼応。ああまだここに〜温もりの擦れ〜……痩せぎす優し過ぎる忠誠の子、どうか永劫の恋しき人なれ——』
開始音と同色の律動が残響する。バレーノのパーソナルスペースには先ほどのドーピング用とは比較にならないくらいのマナが周期回転し、溢れた純度の高いマナがオルタリアと、近くに寄り添うエレナを包み、体内の害的成分と外傷部を癒す。
「——これはいにしえの詩。夫婦となる前に床に臥した相手がどうか病が治りますように、生きてくれますようにと祈った親愛の詩をベースにしています……ちなみにラストフレーズは、わたしの想いです——」
既存の詩とオリジナルのミックス。
どちらの意味合いも無碍にせず、治癒術の粒子と化す。
ただこれで完全な治癒を施せる保証はない。
音楽は医療技術に遠く及ばないからだ。
バレーノの演奏は結局のところ、マナのおまけだ。それでも彼女は、音楽には不確かで不可思議なエネルギーになると信じている。
「——これで大丈夫なはずです。少なくとも、
演奏を無事に終えたバレーノは、キッチン前で気絶しているウンベルトを見る……いや、彼女の予想を超えた現象に目を丸くして偶然眺めることになる。
それは彼女たちに施したマナが役目を終えたと消失することなく、バレーノに蹴り飛ばされて気絶しているであろうウンベルトの元にも駆け寄ったからだ。どうやら彼の外傷も治癒しようと、エレナとオルタシアの感情に触れたマナたちを突き動かしたようだと、バレーノはマナたちの寄り道に心中でクラップを送る。
「ステキですね……後に罪人になることなんて、ほんの些細なことに思えるくらい。ねっ? ブリランテもそう思わない? 演奏して、良かったなー……おっとさてさて、あとは娘さんに……あ……れ……? 視界が……距離感が……ぼやけて……」
指示した意識と違い、コントロールを失い、景色がぐらつきモヤが被覆したと認知した瞬間、バレーノはドッグが噛み付いた右腕とは逆側に卒倒する……辛うじて手に握るブリランテを庇うようにして。
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