第13詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 12小節目』

 ウンベルトの娘であるオルタシアを治癒するために弦を弾いて奏でると譲らないバレーノと、【バルバ】の街の秩序と誇りと家族を護るために捕えようとするウンベルトの対峙。

 キッチンスペースにも繋がるウッドフローリングの居間には、生活必需品や揺籠などの赤子グッズの他に、書棚や武装具が片隅にある程度のミニマム空間となっていて、三人暮らしには手狭な室内をカバーしている。


「痩せた体躯には似つかない、武術の心得のある所作ですね……」

「当たり前だ。とうに衰えてはいるが、まだお前と同じか、それ以上に若いとき、王都の傭兵として雇われていた時期がある。ギルド長に仕えているのだって、そのときの経験を買われてのものだ。ふん……お前のような小娘に振り払われ、躱された方が恥だ、全く歳は取りたくないな」

「うわぁお……まともにやり合って敵わないとは思ってましたが、まさかそこまでとは……」

「おい、どうする……? 今なら未遂で済む。娘への余計な悪影響がなくなり、俺がギルド長の代行で手荒なマネをしなくて平和なんだが?」

「平和ですか……わたしも同感です——」


 バレーノはウンベルトの意見に賛同するように頷き、再びブリランテの三弦に指先を引っ掛けようとする。それを目視した途端、ウンベルトは敵対行為と見做し、すぐさまバレーノとブリランテを目掛けて手を伸ばした。


「——おっと危ない……なので、わたしを信じて欲しいんですがね?」

「またも躱すか……黙ってその楽器を手放してくれるなら、まだ見込みはあるんだがな。さきほど手渡してくれるとも、言ってくれたのは嘘だったのか?」

「嘘ではありませんよ。でも、わたしの演奏で癒せるかもしれない子がいるのに、無視するわけにはいきません……なので少しだけ待ってくれますか?」

「……待つわけがないだろ。オルタシアに危害を加えるつもりならなおさらだ」

「危害を加えるつもりはないですが……残念。ではこちらも非力ながら、力尽くですねっ」


 バレーノの吟遊詩人としての矜持は変わらず、ウンベルトが守護したいモノも変わらない。二人の優しさの平行線は混ざり合ってはくれない。


「これで——」

「——させるかっ!」


 バレーノがブリランテの弦に触れようとすれば、間髪入れずにウンベルトが襲い掛かり、寸前のところで回避する。そんな攻防が何度も繰り返される。


「動きが良いな。お前にも心得があるようだが?」

「はい、簡単な護身術と武術ですがね。旅人にはトラブルか付きものなので」

「だが妙だな。演奏がしたいだけにしては、えらく時間が掛かり過ぎじゃないか?」

「ええ。わたしは狙った音色を奏でなければならないのでね。それにウンベルトさんの妨害を躱さないといけない……もう一筋縄にはいかないんですよねーコレ」


 ただブリランテの弦を適当に掻き鳴らすだけなら、いくらウンベルトの武術を持ってしても、バレーノが軽くいなして部屋中に雑音を響かせることは容易である。

 しかしバレーノの奏でたい旋律は、オルタシアの薬品の過剰摂取と感染症を治癒するためのマナ供給を行う独奏。つまりは選り好みだ。

 そのフレーズを、そのリズムを、そのリフレインを、ウンベルトの体術が許してくれない。だがウンベルトにもバレーノを倒すのではなく、楽器が鳴らさないように捕らえようとしているため、ずっと回避されてしまっている現状が立て続く。


 それはまともな演奏じゃなければウンベルトほ分が悪く、まともな近接戦ならばバレーノに分が悪い。どちらにも手加減となり得る驕りがあり、理想的な勝ち筋を辿ろうとしている。この均衡がいつ崩れるのか、破られるのか、打開のタイミングをバレーノは探り、その悉くをウンベルトが封殺する。


「ふふっ。ちょっと強すぎやしませんかねウンベルトさん。ずっと素手で、剰えわたしを倒したり殺したりするのでもなく捕まえに来ている……これ、本気で襲われていたらどうしようもないな」

「ちっ、面倒なヤツだな。ここは俺の家だ。女房も娘も居る。あんまり荒らされたくもないが、長引くようなら、流石にそのリミッターを外さなくてはならなくなるぞ?」

「おっと? それは困りましたね。わたしとしては是が非でも娘さんに聴いてもらいたい音楽があるので。ついでに言うと、腕の一本、指の一本のケガもしたくないんですよ……紛れもない吟遊詩人の武器なのでね」

「じゃあさっさと降参してくれ。お前の商売道具をわざわざ破壊する趣味はないし、娘への悪影響も無くなる。丸く収まるんだよ」

「いいえ。その提案には乗れません……でも長引きさせたくないのは同感ですっ。ふふふっ、ならば終わらせましょう、このコードと共にっ——」


 そう宣言してバレーノは、ネックを支えていた手を外し、ひたすらにガムシャラに、七弦を縦一線に斬り裂くように、適当なコードをウンベルト家に響き渡らせた。小粒のマナも僅少ながら足下に煌めく。これにはウンベルトも制止が追い付かないと瞬時に悟り、ついにタブーを破ってしまったなと哀れむ睥睨を向ける。


「——これでもう、後戻りは出来ません」

「……そうだな。俺は罪人にならないためもあるが、そうならないようにしたかったんだがな……残念だよ」

「残念? なに……がぁ……——」


 ウンベルトを注視していたバレーノの視界が眩む。それは斜め背後から、彼女の右腕が噛み付かれたことによる疼痛と神経の麻痺。


「——うぐっ……」

「ソイツは優秀なんだ。娘のことはまだ理解が及ばないが……今度は運が悪かったな」


 バレーノはたちまち、立っていられるのもやっとな状態になる。急激に体温が跳ね上がったかのように、熱病に侵されたときのように。そうなった原因は明白、牙に薬品を塗った猟獣のドッグに右腕を噛み付かれたからだ。まさに罪人認定をされるがの如く。

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