第5詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 4小節目』

 その【滅びの歌】には、いにしえたみより伝承された幾つかの風説が存在する。けれど大多数の説に当て嵌まるのは、その音色を聴いてしまうと演奏が出来なくなり、街が崩壊し、森林は枯れ、動物は命を失う……災厄の象徴となる言葉の一つだ。

 ただ無論【滅びの歌】は、あくまで噂話の範疇と認知された現象に過ぎず、ルポライターが話題作りに話を盛った説、両親が子どもを良い子に躾けるための脅し文句の説などがあり、とにかくまともに信じる人物は少数派だ。


 信ずる者はもれなく盲信と揶揄されてもおかしくはない。ましてや【滅びの歌】を聴いて街が衰退したなんて喧伝したところで、大半のの人間から鼻で笑われること請け合いだ。


「ふ……笑わないのね。街が【滅びの歌】のせいで狂ったなんて、自分でもオカルト染みたことを言っている自覚があるのに」

「ええ……正直なことを述べると、わたしも今の話の全てを信じてはいません。それは所詮、本当にあるかどうかも一般的に分かっていない呪いの歌……当事者でもないわたしが、音楽を愛するわたしが、早々と肯定するわけにはいかない」


【滅びの歌】は吟遊詩人であるバレーノにとってもセンセーショナルな話題だ。実在されると頭を悩ませることだろうけど、楽譜に一端にも触れられずに一生を終えるのは、それこそ先ほど語った、詩人の名が廃るとやらに該当するだろう。


 どんなに忌み嫌われていても、歌は歌だ。

 好奇心がくすぐられない、わけがない。


「無理もないわ。もう十年前の事件で、他所の街ではとっくに風化しちゃってるのに、こんなこと——」

「——でも誰かを、聴衆者を、不快な思いにさせる旋律は確かにあります。過去に演奏中のわたしも、この音色は嫌いだと両耳を抑えられたことがあるので。それを比喩で……【滅びの歌】と呼ぶことはあると思っています。だから、えっと、ジーナさんが【バルバ】の街の悲劇を【滅びの歌】の所業にする何かがあったとは、思います」


 バレーノは十年前の、まだ隆盛していた頃の【バルバ】の街並みも、名産品も、人々の往来も知らない。だからこの解釈がジーナやウンベルトにとって全くの見当違いかもしれない懸念もあったが、ここは音楽と向き合って培って来た経験則から、肯定はしないが全否定はしないスタンスを語る。


「比喩じゃない……少し長くなる話を喋ってもいいかな? 【バルバ】の過去、どうして音楽を禁止しているのかを、ちゃんとバレーノちゃんにも伝えるべきだと思ったから」

「構いません。わたしは罪に問われること以前に、その規則に異議、不服を申し立てたいなと、真っ正面からギルド長に殴り込みに行こうとしていたので、寧ろ好都合ですよ」


 ブリランテを片手に持ち、もう片側の手は威勢良く拳を作りながらかちあげる素振りで、バレーノは意気込みをポージングで明示する。

 歌唱も演奏も禁止の【バルバ】の街の規則に、歌い手創り手の誇りを賭けケンカを売るように。


「ちょ……こんな余所者に——」

「——余所者だからこそよ。それにこの子は品格はどうか知らないけど、音楽に関して口達者なところからも、自称でもなんでも吟遊詩人には違いない……俯瞰して考えたとき、【バルバ】の街の罰則は彼女にとって理不尽でしかないでしょう?」

「それは郷に入れば郷に従うものっ! 彼女にとって理不尽であろうとも、ここは音楽を禁ずる【バルバ】の街……情状酌量こそあっても、許されざる行為には変わらない! それにこの規則はギルド長、貴女が定めた規則だ!」

「黙りなさいウンベルト。この規則の裁量が誰にあると思っているの。定めたのは誰? ギルド長は誰? あの【滅びの歌】の災禍に見舞われたのは……ううん。とにかく貴方はそのまま、そこで聴いていればいいのよ」

「……っ」


 ウンベルトは納得がいっていない様子だが、他でもないギルドの長で、【滅びの歌】と呼称する十年前の悲劇での最大の被害者である、他でもないジーナの主張だと、仕方なく引き下がる。


「うん……十年前までの【バルバ】の街はね、豊かな自然作物に囲まれていて、果実を使った醸造酒の生産が盛んだったの。具体的に言うとワインね。それはもう王都の商業街にも高値で流通してたくらいで、【バルバ】は小さな街だけど財政には困ってなかったみたいだったのね。このギルドは元々酒屋だったんだけど、そこで大人たちは手塩を掛けたワインを浴びて連日どんちゃん騒ぎ、外では子どもたちが駆け回っているか、ぐっすりと眠っていた……バカやってたけど、間違いなく幸せと呼べる生活……まだ歌って、踊って、演奏もしてた頃だったわ——」


 ジーナはバレーノを見ずに、手元にある空になったワイン瓶を眺めながら語り出す。

 ここまでを聴いて、バレーノは思い返す。そういえばワインを作るのに使用する樽、流通するのに適する瓶の破片がやたら散乱していて、フラッグの模様もワインのラベルを意識したデザインと言えるものだったと……十年前の名残りが、そこかしこに確かに、点々と転がっていたと。


「——なのにある日突然、脳内を震わすぐらいの不可解な音が聴こえたの。これは私の主観の話だけど、音程も抑揚もバラバラで、何と言っているかも判らなかったわ……これはもしかしたら子どもを宿しているせいかもって、そう思ったのが最後の記憶。後に意識を取り戻すと、私は近辺の街の避難所に居た。救出されてから既に十日が経過していて、生きていたのが奇跡的と言われたものよ。その後は治療とか諸々終えて帰って来たら、豊かな自然も、お酒も、街並みも……私の両親も、友人も、街を巡るのが大好きなフィアンセも、みんな亡くなっていた……生きていたのはちょうど街から離れてる人ばかり……ここに居るウンベルトがそうね。それはたった数秒程度の奇声。あんなことで、平穏な【バルバ】の街はあっけなく崩壊したわ。あれはまさしく、私にとっての【滅びの歌】よ」


 そのセリフと同時に、ジーナはバレーノの方へと視点を向ける。彼女がどう感受するか、救われない音楽に何を反論するのかと、じっと待つように。

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