第6詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 5小節目』

 バレーノはどう答えていいかと迷う。

【滅びの歌】に関する彼女の価値基準と、ジーナの主観や【バルバ】の過去を照合したとき、個人的に【滅びの歌】定義にはまだ当て嵌まらないと率直に思う。

 記憶が欠落している部分もあることや、当時妊娠していたであろう様相からも、他の外的要素が原因である場合も容易に考えられ、鼓膜や脳内を猛烈に刺激した奇声を歌とすると断言し切れないからだ。しかるに【滅びの歌】と呼称するのは、ちょっと待って欲しいというのがバレーノの実情となる。

 けれど誰かの心情的、比喩的な【滅びの歌】だとすれば……そう言えなくもない。じゃないと聴衆としてのジーナの感覚を根拠もなく否定することになる。それは歌い手としても、演奏家としても、津々浦々を旅する吟遊詩人としても、聴き手の胸の内を無碍にする行為だ。そんなことあってはならない。


「それが【バルバ】の街に轟いた【滅びの歌】……か。わたしが体験したわけではないので、ちゃんとしたことは言えませんが、ジーナさんが音楽を規則で禁止するくらい、貴女にとっての魔曲というのは、なんとなく……はい」

「ふ……理解出来ないのは仕方ないわ。街に居る何も知らない子どもたちも、少し間伸びした声で話すだけで、拍手をするだけで注意されることに不満気だからね」


 おかしな規則を制定したと、ジーナにも自覚がある。だけど彼女視点から見える【バルバ】の街の惨劇は、それ以上に理不尽だったと、思考が追い付かない事件だったと、体験しなかった同郷に伝えるための禁則だ。


「でも……それでも、音楽を拒絶するのは違うと、わたしは思います」

「……強情ね」

「はい強情ですともっ! 始めにっ、この世の中には数多の音色があります。それを今日は何を使おうか、今回はどう扱おうかと、ルンルンと唄い奏でる。緻密な技巧を駆使しても良しっ、勢い任せのしっちゃかめっちゃかなシンフォニーでも良しっ。思い浮かんだことを即興で伝えるのも良し……とにかく、なんでもありなんですよっ! 狭い世界は窮屈で仕方ないです、これは実体験です、本当です。もちろん明るい歌ばかりじゃありませんし、暗い雰囲気というか……不意に嫌な過去をほじくり返される、コンプレックスをつつかれるようなときもあるでしょう。ただそれすらも音楽の魅力です……つまりわたしが何を言いたいのかと言うと、音楽は誰かに強制される暇も無く、隙間もなく、魅了されてしまう魔物……なのでわたしを罪に問うとするのなら、こうして【バルバ】の過去をわたしに伝承したアナタも罪です。さっきのお話を、わたしはもれなく歌と定義するので!」


 それはバレーノの独白の如く、矢継ぎ早に紡いだ音楽の真髄。ついでにジーナに対して半ば言い掛かりのように罪を擦り付けるまでする。

 ひとえに歌だって、歌い方だって千差万別で、淡々と語り部口調の歌唱方法くらいある。これがジーナが、【バルバ】の街のギルド長が定めた規則に抵触はしないだろう。けれど彼女が惨劇を【滅びの歌】と称したように、バレーノがジーナの独り語りを聴き手として、これは歌だと無理やり定義付けたっていいはずだと内心で頷いたからこその言動だ。


「ふ……はははっ、これらとんだ屁理屈ね〜」

「どう言われても良いです。わたしはただ、【バルバ】の街に音楽を根絶しようとしていることを憂いているんですよっ。なのでわたしになんらかの罪状を叩きつけるのは仕方ないですが、その交換条件として禁則事項は白紙に戻して頂きますからねっ!」

「それ……どこも交換条件になってないわよ、若々しい詩人さん。ただ罪人が喚いているだけだわ」

「はっ!? 確かに! これじゃわたしが駄々を捏ねてるだけだっ! いや——」

「——あと、【バルバ】の街の規則を変更するつもりは……今のところはない。少なくとも私がギルドの長の座に着いている間はね。そして貴女には、私の命令を一つ従事でもしてもらおうかしらね〜」

「そん——」


 平行線を辿ろうとする対話。

 それでもバレーノは更なる反論を繰り出そうとした。

 しかしながらその言葉は、ギルドの出入り口となる玄関から、けたたましく転がって入って来た二人の子どもによって掻き消されてしまう。


「——あだっ」

「ってぇなっ!? おれたちを無理に捕まえて連れて来たんなら、最後までしっかり抱えろよなっ!」


 そんな文句の怒号を横たわりながら飛ばすピーロと、ちょっと面白がりつつおでこを撫でているヴィレ。さきほど二人がかりでバレーノを背後から蹴り飛ばした悪ガキだ。

 ピーロが全体的にツンツンとした無造作ヘア、吊り目、耳先に輪郭をしていて、タンクトップにハーフパンツというアクティブなやんちゃ少年。ヴィレは乱れたおかっぱヘアに丸顔の垂れ目、オーバーオールの装いをしたほんわかな雰囲気の少年。

 身体付きから二人とも同世代かつ、バレーノの推定でも十代に達するかどうかくらいの年齢であると判る。どうやら遁走したあとに引っ捕らえられて、さきほど探しに向かった、ウンベルトを除いた三人の男性のうち二人の手によって、ギルドまで連行されたらしいとバレーノ視点でも理解する。残り一人は行方知らずだけど、未だ探索中なのかなと心の隅に置く。


「どうしたのピーロ、また何か悪さでもした?」

「別に……んなんじゃねぇけど——」

「——あーっ! さっき蹴り倒したはずの真っ白い化け物だー……こんなところに居たんだー」


 至って健気にヴィレの方が、真っ白い化け物ことバレーノを指差す。元々大したことのないイタズラのつもりだったせいか、あまり悪気も無さそうに言ってのける。

 その声掛けにピーロも捕まえられた原因であるバレーノに気付いたようで、バツが悪そうにそっぽを向いた。まるでやましいことでもあると自白するみたいに。

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