第4詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 3小節目』

 ギルド長である酔っ払い女性がウンベルトに起床するよう促され、実際に目を覚ますまでに十五分ほど経過した。いや正しくはウンベルトの呼び掛けにちゃんとした答えを喋り出すまで、が適当だろう。

 それまでは起きてくれと雑に言うウンベルトに対して、お金がないと嘆き、ワインの海を見つけたと宣言し、いきなり子どもの可愛さを説いていた。

 ちなみにその間。第三者でしかなかったバレーノはブリランテに触れながら、どうやって退屈を紛らわそうかと思案したのち、脳内に刻まれていたソングをリフレインしつつ、酩酊めいていコントをぼんやり眺めて過ごす。


 そんなこんなでギルド長と呼ばれた女性が正気を取り戻したところで、ウンベルトからバレーノの一件を簡素に事情を聴いて把握。そしてカウンター席に着席したまま、身体だけをバレットが居る方角へと向き直り、頭頂部から爪先までの体裁を往復して見定め、色っぽい微笑みを浮かべてねっとりと唇を開く。


「あらあら〜かぁわいい子じゃな〜い?」

「ちょ、ギルド長。そんな悠長なことを言っている場合か。可愛いかどうかは関係ない、外見に騙されるな。こいつは【バルバ】の街に悪しき音楽を鳴らしたやつなんだぞ」

「いやいや〜もう可愛いだなんて、お上手ですね……二人ともっ」

「やかましい! めんどくさい介入をするな! お前……やっぱり立場がわかってないみたいだな!」


 禁則やら、罪やら、単語だけ切り抜いても厳かな会合にしかなりそうにないのに、初っ端のやり取りはもう、ご近所付き合いの煽て合いのようにしかならない。

 もちろんそうであっては面目が保たれないと、ウンベルトがギルド長の女性の分まで深々と咳払いをして閑話休題。とりあえずお互いが初対面ということで、ギルド長の座に着く彼女を紹介しようと平手を伸ばす。


「……もう分かっていると思うが、この方が【バルバ】の街に唯一あるギルドのギルド長。名前はジーナ。昼間っから醸造酒を浴びるように飲み潰れる悪癖はあるが、オレたちの立派な長だ」


 するとご紹介に預かったと、ギルド長ことジーナがバレーノに手を振って応える。その振られた手と身体がやけに連動していることから、まだアルコールが抜け切れていないんだなとバレーノは所感しながら手を振り返す。


「よろしく〜えっと……バルーンちゃん」

「惜しいですね、バレーノです。わたしそんなふわふわしてる名前じゃないですよー」

「あーそうだそうだバレーノ、バレーノちゃん。というか、女の子でいいんだよね?」

「はい。ちなみに年齢はヒ・ミ・ツ、でお願いします」

「あはははっ。じゃあこっちも、秘密にしちゃう……お酒が飲めちゃう年齢だけどねーあっはははははっ——」


 未だアルコールか、カウンター台にうつ伏せていたせいか紅潮していて、目元が常時細まったままだけど、ジーナはちゃんとバレーノの言葉を理解しているようだ。六対四分けされた前髪の六側を耳裏へと流すように梳き、矢継ぎ早にバレーノへの対話を試みる。


「——むぅ、それにしても貴女、肌艶を見る限り若いなのに、随分と男受けの悪そうな格好ね。スタイルもいいでしょうに、もっとセックスシンボルをアピールしないと」

「んー……しかし、この格好で売り出すと昔に決めたものですから、そうそう簡単に正装を変えられないですね」

「正装? 仕事用や格式の高い式典用ってところかしら? それならプライベートとかにオシャレを磨くと良いわよ?」

「あー……そっちも難しいかな? だってわたしは流浪の吟遊詩人。歌い手であり演奏家です。もうそこに命掛けているんですよ。なのでどこからはプライベートでどこからがパブリックか、そんな区切りの概念がない生活ですから。イメージも損いたくありませんしね」

「へー——」


 ギルド長の罪人疑惑の二人の会話。ただどこからどうみてもそんな様子には見受けられず、先輩女性から後輩女性へのアドバイスでしかない。

 ウンベルトもそこは危惧していたみたいで、隣で話題転換の機会を何度も窺っていたが、結果的に言うと、そのような心配自体が無用でしかない。


「——じゃあバレーノちゃん? 貴女の括り付けてある弦楽器? それを壊しちゃわない?」

「……え?」


 バレーノは弛緩した表情のまま、しばし言葉を失う。くらくらりとした口調から、吟遊詩人のプライドを踏み躙る、信じられない言葉が発せられたからだ。


「ちょっとちょっとジーナさん、急に何を言い出すんですか。そんなことわたしがするわけないでしょ。だってブリランテはわたしの大切な相棒なのに」

「知らないわよ、そんなの。ブリランテ……楽器の名前かな? まあ名前を付けて愛着を持たすのは悪いこととは言わないわ。でも、そんなガラクタに人生を委ねるなんて滑稽ね」

「ガラクタ? ガラクタって言いました?」

「ええ。演奏用途しか脳がない、というべきかもしれない。とにかく視界に映るだけでも不愉快極まりないのよ」


 ジーナの表情が切り替わる。

 先ほどまでの笑顔が影を落とす。

 ただ多少は和やかさを有した口角を保つ。

 これは曲がりなりにもギルド長になり、構成員を纏める役割を担う、いわゆる中立的思考の責任が働いたといったところだろう。

 言葉の暴力とは、相反しているけれど。


「さっきから意味がわからない……ウンベルトさんも、他の方々も、ジーナさんもおかしい、おかしいですよこの街の人たちは! 何故そこまで……音楽を……」

「そうね……バレーノちゃんに言っておくとね、【バルバ】の街が十年前に災害に見舞われて規模が大幅に縮小し、街は年々廃れていってるのね」

「……それは不幸ですね。わたしも旅人ですので、少しは王都外れの街の情勢を知っているつもりです。けれど音楽を否定する理由には——」

「——その災禍の原因となったのが……【滅びの歌】。貴女も音楽に精通しているのなら、そのくらい聴いたことがあるんじゃない?」

「え……そんな、まさか」


 唐突にジーナが【滅びの歌】名に挙げる。

 それは吟遊詩人のバレーノはもちろんのこと、一般市民の間でも安易に口にすることが、ある意味で憚られる呪詛の根源たる歌の通称。

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