第3詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ 2小節目』

 それからというもの。バレーノとウンベルトは立場上会話をあまり交わすことなく、黙々とギルドの前に到着する。そこは簡単に見回した感じだと、ただの貧乏酒屋のような外壁のオンボロさで、建物として保っているのが不思議なくらいの劣化具合だった。開閉する意味があるのかも疑わしい、取って付けた扉を押し開け、速やかにギルド内に入る。


「へぇー飲み屋かと思った外側からの印象よりは広いですね?」

「はあ……まあ、飲み屋なのは否定しないな……昔は酒屋だった」

「おお、そのままだ」

「ああ。だから元々は、ギルドなんて大層な集まりではなくて……【バルバ】は十年前に災害に巻き込まれていて、そのときから衰退の一途を辿る【バルバ】の街から、目を背けた酒飲みの集いだったのが発端だ」

「そこからギルドを立ち上げたと?」

「立ち上げたというか、そんな名目でもないと誰も、現実を受け入れられないと見栄を張ったというべきか」

「……なるほどですね」


 内装は入り口の右側にすぐカウンターがあって、手前には丸太椅子が四つ設置される。そして奥側には段差があり、数人単位なら胡座をかいて会合が可能な憩いのスペースが備え付けられている。他には【バルバ】の街の近況が貼られているらしき記事をスクラップするボードや、入り口からは発見しにくい場所に更衣室などの別室に繋がる通路もある。

 そんなギルド内には先客がおり、カウンター席には腹部を露出したタンクトップに七分丈のパンツを履き、飲酒したのか熱って赤々となりすっかり出来上がっている、バレーノよりやや年上の女性が眠る。ついでに奥側の憩いのスペースには、仰向けになって仮眠を取る老人が居る。


「とりあえずギルド長が休息中みたいだ。おいお前、そこの奥側に荷物を置いて、先に着替えるといい」

「ああ、はいはいっ」

「荷物を置いたあとは、向こうの通路に行ってすぐを右折したところに更衣室がある。そこを使って貰えれば」

「了解ですっ」


 それからバレーノはリュックを憩いのスペースの片隅に置き、括り付けていたブリランテと、着替えと、小袋を手に更衣室へと向かい、すばやく衣替える。おまけに前髪もきちんと綺麗に分け、砂埃だらけのローブを丁重に畳んで小袋に突っ込んで出戻る。


「着替えました。トラブルを起こした身なのに、お部屋を貸して頂いて感謝です」

「おお……ん? えっと……——」

「——おっと? 気が付いてしまいましたか?」


 汚れたローブから着替えたバレーノの格好は、長丈の真っ白のフード付きローブ。両手にはブリランテ。つまり着替える前と後のデザインが全く同一の衣装に着替えて来た。その装いにウンベルトが一瞬だけ当惑する。


「わたしは吟遊詩人です。吟遊詩人とは歌唱力、演奏力は当然として、歌詞の請求力も重要。更には全ての要素に説得力を増すためのクリーンなイメージも売りになります。なのでわたしの場合は、真っ白なローブ姿をイメージ戦略として使っているわけです。例えるならそう、ナイトが着る鉄の鎧みたいなものですね。ほら、ちょっと強そうに見えますよね? アレですよアレ……ちっとも名前が売れた感じはありませんけど、はははは……」

「……っ」


 バレーノによる雄弁な吟遊詩人の語りにウンベルトはちっとも胸に響いておらず、どことなく不服そうに頷くだけ頷く。憩いのスペースとカウンターの狭間で、まるで番人のように佇む。

 一方のバレーノは、そんなウンベルトを注視しながら両眼をパチクリする。どうにも、彼女の魅力が伝わっていないと悟らざるを得ないと。


「そんな……わたしの吐露が通用しないなんて、こんなの詩人の名が廃ります。どうかリベンジを、わたしの言葉はこんなものでは——」

「——しなくて良いっ……それよりもお前、自分の置かれた状況を理解しているんだろうな?」

「……この【バルバ】の街では、歌や演奏が悪いこと。それをやったから、ギルドに連れてこられた?」

「そうだ。吟遊詩人だか、歌い手だか、流浪だか、浮浪者だか知らんが、この街に思念を込めた意図的な歌唱、演奏を行うことはギルド長が定めた禁則事項に該当する行為……つまり罪に問われる行為だ。お前はそれを故意じゃないにせよ、知らず知らずにせよ問わず、これ以上【バルバ】で音楽を語るのは辞めろ、二度とするな、いいな?」

「……っ」


 バレーノは、何も答えなかった。

 首肯もせず、かぶりも振らず、ウンベルトの忠告には一切同意しないと示し明かすように。


「……まあそれが嫌なら、ギルド長の裁量が下されたのち、早急に【バルバ】の街を出ていくがいい」

「なんで、そこまで音楽を嫌うのかな? 音楽があれば、どこかの誰かが幸せになるかもしれないのに」

「……そんなことで幸せになれるのなら、どいつもこいつも常に歌っていることだろう。でもそうはしない、歌い手であるお前ですら。それはつまり、音楽の力とやらがその程度だってことじゃないのか?」

「違います。ただ歌を唄えば良いわけじゃないんですよ。歌い手の気持ちがあって、聴いてくれる人や動物や風景があって、初めて歌は輝き——」

「——もういい。さっさと裁量を下していただければ済むことだ。ギルド長を起こす、適当に直っていろ」


 理論をぶった斬られたバレーノは、不満気に押し黙る。すぐにでも猛反論したかったけど、まずはそんな事項を制定したギルド長の裁量を聴いてから反駁しようと憩いのスペースを見遣る。

 しかしウンベルトはそちらには向かわず、カウンター席に向かい、酔っ払ってカウンターにてヘラヘラ顔をする女性に声を掛ける。


「ギルド長、ギルド長、酔ってる場合じゃないだろ。起きろ」

「えっ!? いやあの——」

「——なんだまだ文句があるのか? それなら後にしろ」

「そうじゃなくて……え? ギルド長って、ここで仰向けになってる御老人じゃないんですか? ほらわたしの歌声か演奏かを聴いて転んだっていう……そこはもう、ごめんなさいなんだけど……あれ?」

「違う。その人はこの街出身の長老。今日はたまたま隠居先からこの街に戻って来たところで、お前の演奏に驚いて転んでしまったらしく、ここで休ませている。何を勘違いしたのか知らないが、年長者というだけでギルド長なんて早計だろ」


 バレーノの未だに疑心暗鬼のまま、カウンター席の女性を起そうとするウンベルトに視線で問い掛ける。だがそんな彼女の驚愕に目もくれず、ウンベルトはギルド長である、へべれけな女性をひたすらに揺さぶる。

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