第2詩 『隆々たる痩せぎすの武闘派付き人は家族と街人を護るために迷い悩み愛を注ぐ』

 音楽をただ歌い奏でるだけで罪になるなんて間違った考えだと密やかに胸に留め、バレーノは平地をしばらく歩く。やがてウェルカムトゥーと歓迎を謳う文字を記した木製の看板が突き刺さっている。ここが街への入り口だ。


「これが貴方の街……ですか?」

「ああ。そんな上等なローブを羽織れるアンタには、そうは見えないかもしれないがな」

「……返す言葉もありませんね」


 最初に因縁を付けてきて、バレーノに唯一喋り掛けている痩せぎすの男性の指摘通り、バレーノはこの街を、素直に街だとは思えなかった。

 どちらかといえば少数民族の聚落しゅうらくのような、または旅人たちのための簡易的な逗留とうりゅうのような……とかくに街と表現するなら、スラム街が適当だと思ってしまうくらい清掃も行き届いていない荒んだ領地だ。


 その内部は、いつかの新聞の一面が砂塵と共に転がり、醸造酒を造り飲む役目を終えた樽や瓶の破片が散乱し、この街を行き交う少数の人物を観察してみても、誰も彼もがどこか鬱屈とした、生気の希薄な顔色をする。

 バレーノは咎められている身分を差し置いて、憐憫に双眸を細める。やはり街なんて形容こそ、本来なら躊躇われる惨状であると。


「おい」

「はい、なんでしょう?」

「あそこにこぢんまりとだが、フラッグがあるのは分かるか?」

「フラッグ? ええ見えますよ、あのワインレッドがベースカラーの、金縁の刺繍が鮮やかなアレですよね?」

「そう。今からそこへ向かう。オレ達の街……【バルバ】唯一のギルドだ。ちなみにオレはギルド長に仕えているウンベルトっと言う。まあ別に覚える義理はないだろうが」

「いえいえ」


 バレーノは【バルバ】という街の名称を聴き、旗印のあるギルド、僅かに前方を歩くウンベルトとその取り巻き全てを視界に捉える。新たに訪問した街の風景を知りたかったからかもしれない。

 ついでに言えば看板があった背後を改めて見てみたかったけれど、詩人であり旅人の大荷物は振り返ることをなかなか良しとせず、仕方ないとギルドへの距離を狭めて行く。


「せーのっ!」

「ん?」

「「とりゃっ!」」

「んん……ふぇっ!? ぐへぇっ!?」


 それはシリアスなムードが一秒で様変わったズッコケ劇。

 せーの、とりゃ、の掛け声が聴こえたと思ったら、バレーノは背後から押し出されるように前方へと盛大に転ぶ……いや転ばされた。

 そもそもが大荷物でバランスが乱れていた上に、重量がそのまま彼女の身体にのしかかり、不恰好にも立ち上がることが叶わない。もう踏んだり蹴ったりだ。


「やーい、真っ白な化け物を倒したぞヴィレ!」

「やったねピーロ、これでまた正義の執行官に近付き——」

「——ちょ……こぉらっピーロ! ヴィレ! この悪ガキどもっ! いきなり人を蹴り飛ばすやつがあるかっ!」

「うわぁウンベルトがキレたっ! 一時退散だー」

「退散だー」

「なっ!? この、おいお前らっ! ぼさっとするな! アイツらガキどもを捕まえてこいっ!」


 バレーノが彼女自身の荷物に潰されている間に、ウンベルトがバレーノを蹴り飛ばして転がした張本人である、ヴィレとピーロという悪ガキ怒鳴り、その逃走した二人を追うように取り巻きの男性に指示する。


「……大丈夫か?」

「これぁだひじょぉふにひへはふは?」

「すまん。なんと言ったか分からんが、大丈夫ではないことは分かった——」


 こうして現場に残されたのは、やれやれと溜息を吐くウンベルトと、未だ荷物に押し潰されたままのバレーノ。

 想定外の重量の圧力で、気管支系が圧迫され上手く空気の循環し難く、吟遊詩人には命にも等しい声が出しづらい。


「——はぁ、旅人ってのも大変なんだな……ぐっ、重っ……ほら、これで立てるか?」

「うぅ……ええ、発声が悪くなったり、重いと言われたり、わたしの尊厳が色々と傷ついた気がしますけど、助かりました……」


 ウンベルトはおもりとなったリュックを軽々と引っ張り、その引力を利用してバレーノが持ち上がる。膨張色の衣服を着ているため一見すると判別出来ないが、彼女の華奢な身体にも救われた部分はあるだろう。

 ただ無事に立ち上がれたものの、真っ白なローブには砂埃が付着し、前髪はぐちゃぐちゃになる。


「……ギルドに更衣室がある。あと諸々もてなしも出来る……一先ず行くか?」

「はい。なんか当初は罪に問われるかどうかの話をしていた気がしますが……まあこんな身なりでは歌い手としても困るのでね。ええ、そうしましょう、そうしましょう——」


 バレーノはローブに付いた汚れを軽く払い除け、リュックに括り付けたブリランテが無事かどうかを手探りで確認しながら触れ、大丈夫そうだと感じ取り、再びフラッグを目印にギルドを目指す。


「——でもうん、悪くない雰囲気。そこはわたしを蹴り飛ばした子ども? に感謝かな? ブリランテを蹴られたわけじゃないしね」


 気が付けば同行させられていた当初よりも、お互いの同情すべき要素が交差して、少しだけ角が削がれた関係になる。

 バレットは歩みを進めながら思う。こういったハプニングやチューニングの乱れも、吟遊詩人の、流浪の旅人である醍醐味だと。

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