流麗たる吟遊詩人は両耳を塞いだ街で華々しく弾き奏で想い唄う
SHOW。
第1詩 『錚々たる流浪の旅人は空腹を誤魔化すようにふわり鳴らし空を唄う』
うつらうつらに呼び掛ける。
うららうららのこの世界。
荒れ果てた大地の足跡。
産声を上げられない雛鳥。
のらりのらりどこへ行こう?
くらりくらりと新たな街。
悲観した視線が突き刺さる。
何をそんなに恐れているの?
ならば唄おう、ソララララ。
一緒に奏でよう、リンシャンシャン。
待って舞って、タップクルリン。
酌み交わすのはファンファーレ。
ついでに謳おう、真っ赤な葡萄酒。
看板娘のイチオシだ。
尊い出逢いを一つ。
静寂はシンフォニーに変わる。
やがて白きローブを纏いし聖女は去る。
たおやかな所作で、流々と。
名残惜しくも、麗々と。
◯
名称無き地平に寂しくある、丸みを帯びた小岩に座って、パンパンのリュックを隣の切り株に乗せる。そして七色の旋律が鳴る七弦の歪な形状の弦楽器を構え、白が基調で、地肌を隠す長丈のローブを着た淑女が刹那的に一弦を弾く。
すると比喩表現でもなんでもなく、五線譜の階層に記される音符のようなマナが、ふんわりふわりと数秒、
「うんうん、完璧だよブリランテ。調律もわたしが思い描いた通りっ……じゃあ、ここまで辿り着いたご褒美に一曲、奏で唄いますか」
その弦楽器をブリランテと呼び掛ける彼女は、ローブと一体となったフードを、目元が隠れるくらいまで深々と被っているため素顔は晒されていない。不審者と
ただそんなことはお構いなしに、一切の躊躇も無しに、華々しさには程遠いやや歪な形状の弦楽器、ブリランテの七弦のアルペジオから始まる。心情そのままの詩を唄い、譚詩曲のためバラード調で奏で鳴らす。
『ここは名前の無い〜どこか儚い〜旅人の往路。ならば名前くらい身勝手に〜付けてしまおう〜そうしよう〜……何が良いかなブリランテ〜お腹も空いたねヘトヘトで〜……そうだ名前はグュルグュルロード〜、或いはこれかなヘトヘトロード〜——』
数十個単位のマナとなって、彼女を包むように旋律がブリランテの弦の弾き加減で、強くも弱くも舞い散る。
ついでに沈静のあるクリアなボイスも、岩場や幾つかの切り株こそ目立つが、基本的には街からも遠い平坦な土地に響き渡る。即興で作っているヘンテコな歌詞と共に。
『——ああどうしよう〜唄うことが無くなりそう〜……ソララララ〜ソララララ〜困ったらこれだね〜ソララララ……』
あとは多少のアレンジは加えつつも、基本はひたすらにソララララのリズムと合わせて、ソララララの歌を唄うだけだった。このまま発声が少し窮屈になるまで、指先が疲弊するまで、彼女が満足するまで続くのが御決まりだ。終わり際にはブリランテの七弦をこれでもかと掻き鳴らして、この日最高数のマナを捻出し、淀みがちな天井の方へと、絶対に届かないのに目指して消失する。
もちろん今日も、その例に漏れない。
さっきまでのバラード調がなんだったのか突っ込みたくなるくらいの荒々しさで、ブリランテの七弦は上下に振り回され、唐突に食い止められ、無声無音の律動がアクセントとなる。
「……うん、即興だしこんなものかな? はああ……そろそろ本格的に、新曲に着手したいんだけどねー。いやはや難しいのですよあはははは——」
「——お前か!? 俺たちの街の近くで騒々しくしたやつっていうのはっ!」
「へっ? あ、なになにっ! なになにごとですかっ!——」
新曲を作っていないことを自虐的に嘆きながら、ブリランテをリュックに括りつけようと考えた矢先だった。これから行こうともした方角からぞろぞろと、少々痩せぎすな成人男性四人が彼女の目の前に立ち塞がる。簡素な防具を着用していることから、街の警備や用心棒の役割を担う人物だと、初対面の彼女でもなんとなく推測出来る。
「——えっと? どちら様?」
「それはまさか楽器……やはりお前だな! 俺たちの街に音楽を流し込んだやつってのは!」
「おや? もしかしてわたしの演奏……貴方たち街まで、聴こえちゃってました?」
「……みたいだな。街の長老が転げ、猟獣が遠吠え……娘が泣き喚くくらいだ……くそ、なんてことをしてくれたんだ……お前」
「え? ああその、それは申し訳ありませんでした……あれ〜でも、結構距離がある気がしたんだけどな——」
首を傾げながら遠方を見渡す。
やはり最寄りの街まではかなり距離があるよなと、白ローブの彼女は思う。
「——つべこべ言うな。楽器を鳴らすような不届者が……とりあえずついて来て貰おう。どのみちお前の身分を調べようにも、ここには野郎しかいないからな……」
「ええ!? んーいやまあ、歌を唄ったくらいじゃ大したことないよね……でもうるさいって文句を言われたこともあるしな……はい。騒音でビックリされた謝罪も兼ねて? それは一向に構いませんが——」
全く抵抗する素振りを見せなかったせいか、はたまたフードを被って素顔が見えない体裁の不気味さを嫌ったのか、
「——あの……これからわたし、なにをされるのでしょうかね?」
「せいぜい重い処刑にならないことを祈っているんだな」
「……ふぇっ? わたし歌を唄っただけですよね? まさかこの街って、歌い手に厳しかったりするの?」
「歌は……俺たちの街では処分の対象だ。歌なんて、楽器なんて、演奏なんて、この街では無駄でしかない。無駄なことをする人間は罪だ……邪魔なんだよ。まあお前の場合は余所者だから、情状酌量くらいはあるだろうが」
「はあ!? なにそれ! というか無駄……罪……——」
「——というかお前、名前は何というんだ? まさか王都の貴族……とかではないだろうな?」
歌を唄うのは無駄。演奏は無駄。
おまけに罪にまでなってしまう。
そんな音楽全否定の街の規則への歯痒さを食いしばって飲み込み、彼女は至って他人行儀な敵意で、ちゃんと、しゃんと、名も無き平野で名乗る。
ローブに付いたフードを脱ぎ、白色と銀色と水彩色を混ぜて薄めたようなヘアカラーのカールセミロングと、はっきりと見通すブラウンの瞳孔、緩やかな鼻梁、笑窪を絶やさない口元。そしてローブでほとんど隠されて分からなかった、色白の地肌を覗かせて。
「わたしはバレーノ・アルコ。各地をのらりくらりと訪れる、流浪の吟遊詩人です。そしてこの子はブリランテ、わたしの相棒のような存在です」
そう胸に手を当て自己紹介をしながら彼女、バレーノ・アルコは、弦楽器の名称であるブリランテを掲げながら小さく会釈する。
訊かれてもいない役職までも、矜持を持ってしてわざわざ答えながら、やや反抗的に。
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