第11話 血の狂宴、その2
校舎の玄関で僕は『赤木スズカ』と出会った。
彼女のそばには中学生くらいでどこか見覚えのある少女がいた。彼女は返り血のついた体育着に身を包んだ状態で非常に怯えた表情をしていた。
「お前は…………赤木!?」
僕は意外な人物の存在に素っ頓狂な声を上げた。その人物の制服は鮮血で染まった部分はあったが明らかに見覚えのある制服だった。桜花高校女子生徒の制服だった。
「え……その声……」
赤木は僕の声を見るなり抱きついて泣いた。
「う……うう……わぁぁぁん!!」
赤木は僕にすがりつくように泣いていた。僕は泣きじゃくる赤木を優しく抱き止めながら赤木に問いかけた。
「無事でよかった。でもお前なんでここに?」
「……ぐず……来栖と同じ」
「俺と……そうか」
僕は赤木の考えと赤木のそばにいる少女の素性を理解した。
「アキ君のところの」
僕は赤木のそばに立っていた『サヤカちゃん』に視線を移していた。
相良サヤカ。
赤木の家とアキ君の家は昔から仲が良く。アキ君と赤木は幼い頃から親交があった。当然、赤木はアキ君の家族とも付き合いがあり、サヤカちゃんはもちろん、弟のヨシヒト君とも遊んでいたと聞いていた。
もっとも僕の方はアキ君やイチ君と友情を深めることが多く赤木の家とはたまに遊びにいく程度でしかなかったが、赤木の家とも僕はそれなりに仲は良かった。地元の人の縁があるというのはこういうことである。
「そう……この子が心配で居ても立っても居られないから」
赤木は行動派だったなと僕は思った。町中が大混乱の今、赤木やアキ君やイチ君がここにいても不思議ではなかった。そこで僕ハッと何かに思い当たる。
「イチ君やアキ君もここに?」
「イチ君は応援を呼ぶって。アキ君はついてきたけど……途中……はぐれて……ぐず……」
「そうか……」
アキ君は無事だろうがいかんせん状況が最悪だった。外も校舎内も化け物まみれで到底安全と呼べる状態ではない。幸いにもアキ君は荒っぽいことに慣れてはいるからまだ望みはあったがそれでもアキ君のことは気が気ではなかった。
そして何より妹が心配だった。エリナが無事であって欲しい。僕はそのことばかり祈っていた。
恐怖と不安でどうにかなりそうな頭を僕は必死に冷静にしようと深呼吸する。そのタイミングで僕は次の行動のアイディアが整った。
「……学校の中にいよう。妹もアキ君も中にいるかもしれない」
僕は赤木とサヤカちゃんと共に中学校の探索を行うことを決断した。
恐怖を紛らわすためという目的もあったが、化け物の正体と妹周辺のいじめの話題、そして安全な場所の有無を調べるためということもあった。何もせずにいるよりかは何かしている方が気が紛れるということもあり僕らは学校内の探索を開始する。
三人のそばにはサヤがついていた。
「あらあら仲良いのね」
サヤは興味深げに僕に問いかけをする。
「揶揄うなよ。同級生だ」
僕は赤木のことに関して正直に答えた。ただし、きつめな口調も添えておく。
僕は赤木のことに関しては同級生で友人として大事に思う。それ以上になるには早いしそういう気持ちではないということを僕は改めて強調しておいた。
「あらあら、かわいいわねぇ……うふふ」
サヤはただ意味深に微笑むだけだが、状況が状況なので僕は目の前のことに集中することを選択した。
「無駄話はいいから。探す」
「そうねぇ。ここはうるさくて仕方ないわ」
「うるさい?静かではなく?」
「ええ、ガサガサと……ね」
そして、サヤはある方向を指差す。僕はその方角の闇へと耳をすませた。
「……赤木」
「え?」
「……僕の後ろにいろ。サヤカちゃんも」
「うん、ソウ兄ちゃん」
「いい子だ」
僕は闇の方へとゆっくりと歩み寄る。
ベリ……。
ベリ……。
クチャ……。
ベリ……。
何かを食いちぎる音がする。明らかに咀嚼音だった。
咀嚼の音が右手の死角、階段の方から響いてくる。
「サヤ」
「何?」
「衝動が引いた時でも戦えるか?」
「多分ね。もっとも『やばいやつ』とやり合うにはまだ馴染んではないけど」
「十分だ。武器はあるか」
「あるわ。あなたの肉体」
「そうか。便利にしてくれたな」
僕はやや皮肉をこめた返事をサヤへと返す。
サヤはふふっと嬉しそうに微笑むばかりだ。
僕や咀嚼音のする曲がり角へと顔を覗き込んだ。
ベリ……。
グチュ……。
ベリ……。
ベリ……。
貪る音は体に覆い隠されていた。
男子中学生の制服を着た何かは何かに覆い被さるようにうごめいていた。
ベリ……ベリ……。
グチュ……ベリ……。
ボリ……グチュ……。
制服の男子らしき存在はゆっくりと体を起こす。彼の後ろ姿はまともだった。
だが、彼のそばには血のついた制服と肉と骨の塊だけが存在していた。そして、その肉片には恐怖で歪んだ人間の頭と手足が明らかについていた。
「い……嫌ぁぁああああ!!」
「ひ……」
赤木が悲鳴を上げ、サヤカちゃんは青ざめた顔で後退りする。
「おお……おお……ああ……うぃ……」
制服の四つん這いがゆっくりと正面を見る。その顔を見て僕は顔から血の気が引いた。
「うぃ……うぃ……お……おお、おいしいです。おいしいです。おいしいですおいしいですおいしいですおいしいおいしいですおいしいですですおいしいですおいしいですおいしいですおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいですおいしいですですででででおいしいですですですおいしいおいおいおいしいおいしいおいしいおいしいしいしい……」
人間の言葉の断片をぶつぶつとつぶやくそれはもはや人間ではなかった。
体と頭髪こそ人間であったが顔面の皮膚は上顎から額にかけて縦に裂け、そこから虫の節足と軟体動物の触腕がするすると伸びていた。裂けた空洞と口の部分から虫の羽音のような声で『おいしい』と呟き続けるその存在は明らかに現世の存在とは思えない雰囲気を放っていた。
そしてその生き物は人間の足をゆっくりと動かしながらこっちへと這い寄ってくる。
害意。
僕はその存在からはっきりとそれを感じていた。
現に目の前の存在は皮膚の裂け目からギチギチと何か音を鳴らしながら僕へと人間の腕を伸ばしてきていた。
「近寄るな!」
僕は怒鳴りながらその存在の頭を蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされた虫と人の混合物は三メートルほど吹き飛ばされたがまた四つん這いでこちらに迫ってきた。人の頭部から肉が剥がれた状態で虫の頭がギチギチと牙のような器官を叩くように威嚇音を出している。
「おいしい、おいしい、おいしい、おいしい、おいしい、おいしい、おいしい、おいしい、おいしい、おいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいおしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしいおいしい」
虫の威嚇音と共に人の声が延々と何かをつぶやく。
その声は僕らをますます不快にさせる。
「だ、黙れ……黙れ……!」
僕は四つん這い男に向かってローキックを喰らわせる。今度は胴体を狙った。
四つん這いは血を吐きながら転がっていたがまだ息があった。それどころか機敏な動きで僕らへと近寄ってくる。
「しつこい……!」
僕は今度は蹴り抜こうと足に力を込めた。
その瞬間だった。四つん這い男が突然発火したのは。
「ギィィィィィィィ!!」
甲高い鳴き声を上げながらその場でのたうち回った。
バタバタと。
バタバタと。
そして、四つん這い男は灰となった。
人間だった生き物が灰へと変貌していた。
「……え?」
訳もわからず僕は周囲を見る。サヤが片手を突き出し何かを呟いていた。
「……ふー、面倒が減って良かったわね?」
燃やしたのはサヤだった。発火方法は不明だがその場にいた状況で僕はそのことを理解する。外敵とはいえ人間だった存在を燃やす行為に僕は怒りが湧く。
「何を……」
「あら。随分と不機嫌そうね」
「あたりまえだ。あれは人間だったものだ」
「いや、人間だとしても死んでいるわ。あれは虫に喰われて木偶にされた犠牲者よ」
「だとしても!」
「火葬してやったのよ。延々と操られるよりマシでしょ?」
冷徹な物言いだった。だが発言自体は正論だった。それが、かえって僕を不機嫌にさせる。
「よく平気で……」
「私の『素性』、知っているでしょ?」
「う……」
そこで僕は言葉を詰まらせた。目の前の女は人間ではないから僕ら人間の条理で動くはずがない。このことを否応なしに感じさせる場面であった。
「ぐ……」
「ここはもはや現世じゃない。弁えないと……」
僕の前にサヤの冷徹な顔が迫る。
「……死ぬよ?」
氷細工のような美しい無表情でサヤはこう言い放った。
「……」
「さあ、探索しないとね。切り替えなきゃ……ね?」
その場に不釣り合いなほど明るい笑みにサヤは切り替える。彼女は僕に行動を促したのだった。
「……」
「……あの」
僕らのやりとりを見て赤木らが目を白黒させる。
「赤木?」
「転校生さん、……昔の知り合い?」
「……ただの転校生だよ……行こう」
僕は短くそう言った。
「え。うん……」
サヤが意外そうな顔を浮かべる。その後、彼女は微笑む。相変わらずその行動は真意不明で不気味だと僕は思うばかりだった。
「……味方なのかな?」
「一応な」
「あの……ちょっと二階に来て欲しいの」
「二階?」
「教室に変な模様が……」
「模様?」
「黒板、丸の中に模様が書いてあって……」
「…………」
僕はなんとなくその『模様』が気になった。ふと僕がサヤの方を見ると、彼女も何か怪訝そうな顔をしていた。
「模様……魔法円ね」
「お姉ちゃん詳しいの?」
サヤカちゃんがサヤの方へと質問を投げかけた。
「……」
僕は彼女がどんな露悪的な発言するか内心ヒヤヒヤしたが、次の瞬間には安堵へと変わっていた。
「そうね。お姉ちゃんは姉と妹がいてね。おまじないやオカルトの話題に関しては姉が詳しいの。役に立てるかも?」
「へぇ……」
「私なら少しはわかるわ。お姉ちゃんをそこへ連れてって」
「うん」
そんなやりとりの後、僕らは二階の教室へと向かうべく階段を登ろうとした。
その瞬間だった。
「え?地震!?」
僕も驚いた。流石のサヤも驚愕の顔をしていた。
「嘘……」
「ぎゃああ!?」
「きゃああ!!」
地震。それも立っていられなくなるほどの揺れだった。
校舎と地面を揺るがす大いなる地響きにその場にいたサヤ以外の女子が悲鳴を上げる。僕は頭を守りながら揺れが収まることを必死に待つことしかできなかった。
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