第3話 日常、その2

僕らが最初に聴き込みにいった人物は『桜田』君と呼ばれる男子生徒である。

小太りな男子生徒でアニメとゲームを熱狂的に愛する甘党の善人で、いわゆるオタクと呼ばれるタイプの男であった。この男には驚嘆すべき人物であり、僕ら新聞部とは別の情報網と教養、鋭利な視点を持った恐るべき頭脳派でもあり、人柄の善良さもあって新聞部の外部協力者として頼りにされることも多かった。

僕の世代は妙に才気ある人物が多いらしいが僕はそんなふうには思わない。ただ、何かを愛する傾向のある人物には縁があると思うところがあるが。

「……ネットは嘘を嘘と見抜けないと難しい、なんて言葉があるけどさ。なんだかんだでネットは流行ると思うんだよ。便利だから。でも本当の意味で使うには相応の教養と思考が必要だと感じるんだよね」

薮から棒に桜田君はそう言った。

「……おおう。つまり、ネットのプロが目の前にいるんだよね」

「プロではないな。漫画と違ってお金は稼いでいないから。でも使い方は分かる。俺もネットの住人だからね。あ、次の漫画のネタどうしよっかね」

この男は新聞部の情報屋以外にもアマチュア漫画家としての顔もあった。一度読ませてもらったがプロとしてやっていけそうな鬼気迫る作品であった。何より面白いポイントに対する細密な書き込みとリアリティに訴えかける世界観の描写が見事だった。

「なら良かった。早速調べて欲しいことがある」

「ふむ……報酬は用意してあるよね?」

そう言って桜田が妙に鋭い目を見せた。

「はいはい。これでしょ?」

僕はそう言ってパッケージ箱に入った菓子を手渡した。有名な大手菓子メーカーのクッキー菓子である。桜田君はこれに目がない。

「サンキュ。でだ、何を調べればいい?」

「願いを叶える代わりに何かを奪う謎の黒の美女の噂」

「げげ……そのネタなら丁度調べたんだけどさ……やばいやつだよ」

「うん?やたら早いな」

「そりゃ地元だから……僕にとってはこんな田舎はカビ臭くて人間の同調圧力が気持ち悪くて苦手なところなんだけど、創作の種の宝庫でもあるんだよな。それに、ネットでも面白半分にスレ立ててるやつ居るし、やたら気になったから調べたんだけど……マジで聞く?」

「聞く。新聞にする」

「……本当に?」

「ああ、聞かせて」

僕の返答に桜田は苦々しい表情を浮かべた。これはダメかなと僕は思った。

「いいよ。ただしかなり悪趣味だから覚悟して」

意外にも彼は快諾してくれた。警告付きだが一歩前進だと僕は内心喜んでいた。

「これ創作なら死人を馬鹿にしてるし、本当ならあまりに異様な話なんだよ……あーあ、そういやこないだ読んだラノベも久々にマジで悪趣味だったなぁ……はぁ」

桜田君は最近読んだ小説作品に触れつつ、これから話すことは残酷な話題であるとそれどなく警告した。作品の方もどんな作品か気になったが、なんとなく嫌な予感がしたのでそれより新聞部の仕事を優先して『黒の美女の噂』を聞き出すことにした。正直『黒の美女』の方も嫌な予感がするがそっちは新聞部として聞く必要があった。

「そっちも気にはなるけど、仕事が先だな」

「おっと、そうだった。それで黒い美人の噂なんだけど……」

一泊、間を置いてから桜田は語り出した。

「最初に言われ始めたのはここなんだよ。浜長町。桜花町でも目撃例や話したって話も出てるけど元々はここの話なんだよね。最初に『黒い美人』に出会ったのは地元の漁師だった。彼は独り身でね。実家で兄弟や両親と共に暮らしてるんだけどさ。その人さ。……亡くなっているんだよね。出会って三日後に……ね」

よりにもよって人の死に関する話題であった。こんな話題は確かに悪趣味の極みだが、信憑性もない話題を桜田が持ってくるはずがないことは僕もよく知っていたので尚更不気味な気分にさせられた。

「……いきなりすごいのが来たな」

「ここもね。でもこれは序の口だ。その漁師はね。普段から健康体そのものだったし子供の頃から喧嘩ばかりしていた悪ガキでしかも負け知らずだったんだ。まぁ、そんな彼も喧嘩ばかりの日常に嫌気がさして父の仕事を継ぐようになってけどさ。いずれにせよ……地元でも体の丈夫さと荒事に関する慣れは有名だったんだよね。だから地元では今でも不思議がられているよ。……なんで死んだのかってね。その理由は地元の医者も首を傾げているようだね。だって原因が一切合切不明だったんだ。彼は栄養失調の症状が出ていたようだったみたいだ。でもね、彼は体が頑丈な上に大食いだってことで家族も医者も疑問に思った。そこで警察も調べてみたらしいけど変死としか分からなかった。事件性はなかったから葬儀も終わらせて火葬も済ませたんだよね」

漁師の変死。

僕はその内容の異様さに終始耳を疑っていた。黒の女に出会うまで健康体だった漁師が体から活力を抜き取られるようにして死んだという異様な事実に僕はただ呆気に取られるばかりだった。

それでも僕は冷静さを保ちつつ、死の状況について質問を投げかける。

「彼はどこで亡くなっていたの?」

「ここ、桜花町」

「へ?」

「浜長町と桜花町を中心に『黒い女』を目撃したとか遭遇したって意見はあるよ。でもどういうわけか亡くなった人は桜花町でなんだよね。目撃はこの二つ以外にもいくつかあるみたいだけどさ。亡くなっている人はどういうわけか桜花町に集中しているんだよ。……気になるよね?」

「……」

僕は背筋に冷たいものを感じていた。僕らの住むこの街には異様な存在の影がちらついているということに漠然とした恐怖を感じつつあった。僕は深く深く呼吸するよう意識しながら質問を重ねる。

「桜花町のどこで?」

僕は短くそう質問する。

「桜花町にさ。旧華族の別荘があることは知っているよね」

「立花邸か。今度、アキ君とイチ君の三人でそこの調査をするんだ」

「……いつ?」

桜田君は険しい表情になる。

「え?えっと……学校の終わりだから夕方以降になるかな」

「……正直やめとけと言いたいところだけど行くんだろう?」

「まぁ……記事のこともあるし」

「……ならいくつか言っておくことがある。犠牲になった人はどういうわけか夕方から夜中に桜花町のある場所を尋ねたようらしい」

「らしい」

「ネットの書き込みだから嘘かもしれないし、何より創作である可能性があるって言ったろ?」

「だったね」

「だから言っておく。あの近辺やばいかもしれないから行くなら気をつけろ。最初は地元の漁師、次は立花邸の土地の所有者だった老人、そして地元のヤバい仕事をしてた男、あと浜長町の不良、疑り深い猟師の男、オカルトマニア、浜長町の女性教師の順番で犠牲になっている。そいつらどうも立花邸に寄ったって書き込みがある」

「あったの?」

「ああ……嘘にしては随分と詳細な情報だったんでな。書き込み主は『浜長町の不良』の友達を自称している。四人目の犠牲者の関係者らしい」

「彼は何を知っている?」

「……友達が目の前で犬か狼みたいな存在に食べられたって」

「……今度はなんだよ……?」

僕の背筋に再び冷たい感覚が走る。

「浜長の不良はね。最初、警察は行方不明扱いにしたんだけど彼がいうには狼みたいな存在に襲撃されていきなり首を食いちぎられたとか、古い家屋に連れ去られたとか言っている」

僕はわけがわからない気分になった。黒い女の次は狼のような奇怪な生物。僕の頭は難しい数式を相手するのとは別に脳の余裕をなくしていた。

「でもなんで不良が犠牲になったと分かったんだ?」

「大量の血痕と血のついた衣服、そして……草の中から……」

桜田は言い淀んだ。ためらう様子と共にこう言った。

「……そいつの頭部があったんだ。血の後から10メートル先にある草の中に」

「……」

「その化け物は……狼に似ていたそうだ。だが蠍の尾とも蛸の触手とも見える器官が生えていて、そのどれとも違うものが生えていた。針であり軟体、それが生えていて、目が複数あって……」

「もういい!」

僕は思わずそう叫んだ。

「あ……すまない……ちょっと刺激が強すぎたようだ」

「え、あ、……ごめん」

そこで僕はそれっきり話を打ち切った。

そのあとは無難な雑談とゲームの話題に切り替えた後、新作ゲームを一緒に遊ぶ約束に取り付けることでこの話は終わった。

桜花町で何かが起きている。立花邸を中心に不審な死が広がり、噂と恐怖が蔓延している。その中心が『狼のような何か』と『黒の女』であったことだけが分かった。

僕は桜田君と別れ、アキくんとイチくんと合流した。

「来たか」

「どうだ……ってその様子だと不穏な話を聞いたようだな」

二人は僕の調査に関心の目を向ける。

「ああ……とんでもない怪談を聞かされたよ」

「怪談?」

「黒の女、狼のような物怪、不審な死。そんな話題だった」

それを聞いて二人が目を合わせる。

「詳しく聞かせろ」

「俺も……こりゃおっかねえやつかもな」

僕は二人に桜田の話を聞かせる。すると彼らの顔がどことなく血の気が引いたものになったのを僕はなんとなく感じていた。

「……確かに怪談だわこれ」

「…………チッ」

イチ君は苦笑に近い表情で声だけが震えていた。

アキ君は露骨に舌打ちをしていた。その様子はどこか記憶にあるようなそぶりでありながらどこか困惑に近いような絶妙な表情を浮かべていた。その意味はわからなかったが、彼にはそれなりに覚えがあるのだろうなと思った。声をかけようと僕は思ったがアキくんは話題を逸らしていた。

「……そういや、お前の方も準備あるって言ってなかったか?」

「ああ……外部の人間なんだけどさ。協力してくれる人がいるって言ってな」

「いるって誰から聞いたんだよ」

「先生から大人を最低一人は同行させろって言われてさ。暗くなるならと思って知り合いを呼んだんだよ。そろそろかねぇ」

イチ君はそう言って誰かと通話していた。二人がいつも通りそんな調子なので僕の疑問は結局有耶無耶のままで終わってしまった。

狼に似た人喰い生物。

黒の女。

地元で連続する不審な死。

そして、すべての中心である立花邸。

異様な情報の数々は分かった。だが、僕らはそれらの関係性をはっきりと見出せずにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る