第122話 現在
「……今更なんだけど、俺たちってとこに向かってるの?」
よくよく考えてみると、ジオは、案内してくれるとは聞いていたものの、目的地を聞いていなかった。
会話と回想に夢中になるばかりで、周囲の風景が変わっていることに今頃気付く。
二人はとうにカグヤノムラを飛び出し、森の中を歩いていた。
「あの時、ミヤは学びました」
「学んだ?」
ミヤの視線は前方に向いていたが、言葉は耳に届いているようだった。
それで、一体何を学んだのか。
「愛の証明とは、相手のありのままを受け入れることだと。共に成長していくことだ――」
突然、彼女の足が、身体がかちりと動かなくなる。
ミヤだけではなかった。
ジオも同じように、顔を強張らせ、鉄のようにその場に構えた。
時間にしてはわずか数秒ほど。
すぐに人間特有の柔らかさを取り戻したミヤだったが、みるみるうちに目を見開いていく。
「――お館様」
振り返ると、同じように固まっていたジオもまた、張り詰めた顔。
「あぁ、成功したみたいだね。多分、ミヤと一緒にダンジョンに向かってるところだよね?」
「その通りです」
老人や少女と過ごした時間から百年と数日前。
二人は、自分たちが元いた時間へと戻ってくることができたのだ。
正確に言えば、本人たちの記憶が現在のものに同期されたのだが、大まかに言えば帰還と言えるものだった。
「確か天降石が落ちてくるのは祭りの当日だったよね。祭りは明日のはず……」
「他のお二方がどうなっているかはわかりませんが、まずは村に戻るのが先決かと」
頷きあうと、向かうはずだったダンジョンの方向から踵を返して村へと駆け出す。
もはや、二人にとって洞窟などどうでも良かった。
ミヤの言う「愛の証明」は前の時間軸において、八岐大蛇の撃破という形で達成されていたし、その記憶があるなら二度繰り返す必要はない。
加えて、物事の優先順位も理解していた。
彼女は自らの出生地であるカグヤノムラを大切に思っているが、住む場所などどこでも良い。
だから天降石が落ちて村が滅びようと構わなかったが、ジオはそう思わないだろうと、彼の助けになりたいと考えていた。
ジオは村や世界を守りたいだけでなく、友達という存在を求めた少女に自分を重ね合わせていたし、孫の幸せを考えて命を散らした老人にも共感している。
そして、ジオたちが不在の中、一人で強大な災害に立ち向かい、自らの身体を水晶に変えてまで人々を守ろうとした魔王……ルーエを救うため。
彼女は、百年もの間、ジオが帰ってこないとは知る由もなかったが、一体最期の瞬間に何を考えていたのだろう。
彼はそれを思うたびに、胸が張り裂けそうになっていた。
次に彼女の姿を見た時は抱きしめてやろうと、そう思う。
そうしているうちに、カグヤノムラへと到着する。
「ミヤは村人に呼びかけてきます。祭りが上手くいかなくなるのは残念ですが、彼らにも協力してもらいましょう」
「わかった。俺はルーエの様子を見たあとに合流する」
久しぶりに感じる、村の自然あふれる風景。
のどかに暮らす人々の横を、そよ風のように通り過ぎていく。
月ノ庵が見えた。
地味なように見えて、よく観察すると細部まで凝られた装飾。
重く、厚く、変えようのない運命を動かすことの厳しさを具現化したかのような扉を開き、宿の受付の「おかえりなさいませ」という言葉をすり抜け、階段を登る。
磨かれている床に滑りそうになるが、グッと堪え、ついにはルーエの松の部屋へと辿り着いた。
扉を横にスライドさせながら、ジオは考えていた。
彼女がどんなことを言おうと、抱きしめてやろう。
薄明を思わせる白い髪が視界に入る。
手には一冊の本が乗せられていた。
ルーエは扉が開く音に反応して、目を向けた。
そして、愛に満ちた声で言った。
「やっぱりジオのジョークというのは、少々じじくさくないか?」
関節を決められて唸り声を上げる女の声が響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます