第112話 英傑召喚
ミヤは一歩、俺の前に出る。
そして、凄まじい勢いでこちらに向かってくる蛇の首は、彼女に触れる直前に空高く跳ね上がった。
否、自ら跳んだのではなく、切り上げられたのだ。
もちろん、驚いているのは俺だけではない。
意表をついたと確信していたであろう大蛇、奴の方が大きな反応を示していた。
「弱点をそのままにしておくほど、ミヤは怠慢ではありません。これこそが数年の月日をかけて編み出した『英傑召喚』。優れた戦士を呼び出す術です」
英傑召喚、と彼女は言った。
英傑とは確か、力や知識など、才覚の優れている人物を指す言葉だったはず。
札から呼び出された、薄青の膜に覆われている戦士は剣を持っている。
俺のよく知っている剣とは、両刃で肉厚な直刀。
しかし、彼の持っているものは薄く、細身で、三日月のように美しく反っていた。
「この剣……刀には魔物に対する浄化効果があります。首を断つなど容易いことです」
叩き切るという面においては剣が優れているだろう。
おそらく耐久力も優っているはずだ。
その一方で、切断を目的とした場合、彼女の言う刀というのはこの上なく効果を発揮する。
冴えていると表現するのがピッタリの切れ味だ。
だが、薄い刀身を考えると、標的を狙って、そして武器を傷つけないように扱うのは相当難易度が高い。
ミヤは英傑を「召喚」すると言っていたが、呼び出された戦士には自我がないように見える。
おそらく、彼女が刀や思考を構築している、使い魔のような存在のはず。
透き通る青の戦士は、6本の首の魔物と対峙している。
叩きつけられる首の軌道を刀の腹で逸らし、針の穴を通すような一撃で、再び首を切り落とす。
ここまで練度の高い戦士を生み出すのに、一体どれだけの修行を行ったのだろう。
ミヤ自身もかなり戦えるようになっていそうだな。
大蛇は、残る5本の首のうち3本を刀使いに向け、時間を稼ぎ、残りの2本でミヤを狙った。
彼女は無表情のまま崩れない。
左右から潰すように迫る首を、無数の木の盾が防いだ。
「ミヤから離れず、ただ守るという一面に特化させれば一度に多くの召喚もできるのです」
双方合わせて六人の兵士が彼女を守っている。
長方形の盾とはいえ、木製では大蛇の打撃は防げないだろうが、魔術的な強化をかけているのだろう。
鉄のような強靭な耐久力だ。
そうしている間にも、足止めをしていた首が一本落とされる。
残りは四本、どちらが勝利するかは明白だ。
「ようやく根元が見えてきましたね。一気に終わらせましょう」
ミヤはもう一人、刀を持った戦士を召喚する。
そして、自身は氷結属性の札で妨害し、英傑を走らせる。
二本の刀が、十字を切るように八岐大蛇の胴を切り裂いた。
頭が無ければ人間は生きていけない。
核を失った魔物は力をなくした。
花が萎れていくように、残った首が命を終えていく。
「――な、なんだ!?」
大蛇の死骸が、突如光り輝き出した。
そして、残されていた首のうち一本がみるみるうちに縮んでいき、人の姿をとる。
呼吸を感じ取れることで、生きているのはわかった。
だが、果たしてこの人間が、全裸の中年男性が人間なのか、皮を被った魔物なのかが問題だ。
目を覚ますや否や、襲いかかってくる可能性もある。
数分ほど臨戦体制をとりながら様子を伺っていると、男は寝起きの呻き声を上げながら目を覚ます。
パチパチと瞬きし、ゆっくりと身体を起こし、不思議そうに周囲を確認した。
「……なんだこりゃ?」
彼は俺たちに気づいているものの、それ以上にこの状況に戸惑っているようだ。
「見た所、普通の人間のようですね」
「そうだね……なんていうか、場所以外は普通だよね」
この男が大蛇に変身していたのかもしれないが、どうにも悪人には思えない。
正体であることは間違いないが、何者かの手によって大蛇の核にされていた?
考えても埒が開かないし、本人に直接聞いてみるしかなさそうだ。
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