第111話 犠牲

 各属性の攻撃は手数で攻めるだけでなく、大蛇への効き目を探る意図があったのだ。

 氷結属性以外のダメージが薄いことを見るに、ミヤの作戦は正しかった。

 とはいえ、「ちょっと痛い」が「そこそこ痛い」になったくらいのものであり、大蛇は依然として捕食者としての態度を崩していない。


「攻撃範囲と耐久力、どちらも並大抵のものではありませんね。あの山の魔物と同等以上です」

「頭が8つもあるし、かなり厄介な相手だと思うよ。やっぱり一人じゃ荷が重いと思うし、俺も戦う――」

「――くっ……ふふっ。相手が強ければ強いほど愛の証明ができるというもの。身体中が抹茶に満ち溢れているようです」


 怖気付くどころかやる気が増している。

 っていうか抹茶に満ち溢れてるって何?

 また食べたり飲んだりしたいくらい美味しかったけど、もしかしてヤバい成分とか入ってるの?


「小手調べも終わりましたし、次はもう少し威力を上げてみましょう」


 札を2枚取り出し、重ねる。

 より厚くなった札は、先ほどにも増して強力な冷気を放つ。

 多く使うことで威力を上げることができるようだ。

 ミヤは、触れるだけで皮膚が切れてしまいそうな札をなんなく大蛇へ飛ばす。

 一枚の札では攻撃の規模という点では物足りないと思ったが、目標へと進むたびに札をコーティングするように氷が大きくなっていき、最終的には「岩」と形容するのが相応しいサイズになった。

 流石の大蛇も、この攻撃は防がねばならないと考えたのか、一本の首で氷塊を弾く。

 しかし、彼女は二の矢三の矢を放ち、ついには反応し切れなくなった一本の首に直撃した。

 先端にいくにつれて、刃物のように尖らされている氷塊。

 それは強靭な大蛇の鱗を切り裂くには過剰な威力だった。

 切り離された首が、力をなくして地面に墜落する。

 地面に転がった後もしばらくぴくぴくと動いていたが、やがてそれも無くなった。

 残された7本の首は殺意を全開にしてミヤを睨んでいる。

 自分の仲間が死んだということより、生物として高等な自分を貶めたと、そういう怒りだった。


「向こうも本気で来るみたいだよ! 俺が時間を稼ぐから、その間にミヤは――」

「一人で大丈夫です。次は3枚で攻撃しますので」


 どさくさに紛れて手伝おうとしたが、騙されるわけもなく。

 ミヤは3枚の札を取り出した。

 今度は重ねるのではなく、それぞれをひらひらと相手の方に飛ばして空中にとどめている。


「こちらは範囲攻撃。しかし威力は減少するどころか強まっています」


 3枚の札は突然速度を上げて大蛇を囲む。

 次の瞬間、それぞれが共鳴するように凍える吹雪を放ち、魔物の全身を氷漬けにしようとする。

 色々な属性を一度に使える通常攻撃。

 一つの属性を何倍にも強化して放つ強化攻撃。

 そして、それ以上の火力でもたらされる全体攻撃。

 山にいた頃には火属性くらいしか使っているところを見たことがなかったし、これには驚いた。

 俺が思っているよりも子供の成長は早く、深いのだ。

 大蛇はミヤの攻撃に苦しみ、今にも細胞活動を止めてしまいそうだった。

 だが、歴戦の魔物は危機的状況においても思考をやめない。

 八岐大蛇の首のうち一つが、隣にいる首に噛み付く。

 そして、その首を噛みちぎると、勢いよくミヤの方へと投げ飛ばした。


「――ミヤ!」


 なぜ、先ほど彼女に切り落とされた首を使わなかったのか。

 理由は簡単だ。

 大蛇は死ぬまでに若干の猶予がある。

 その間であれば、自らの意思で標的を定め、人間など一撃で噛み砕けてしまう。

 噛みつかれた首は、痛みで声をあげはしたものの、その目に仲間への疑問や怒りはなかった。

 つまり、望んで生み出した犠牲、生物としての勝利を選んだが故の犠牲なのだ。

 それだけではない、大蛇はミヤの弱点に気付いているのだ。

 接近戦には極めて弱いと。

 彼女の前に躍り出て、首を受け止めるべく構える。


「ありがとうございます、お館様。ですが、ミヤに任せてください」


 

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