第110話 vs八岐大蛇

 多くの謎を孕んでいた、このダンジョンを統べる存在。

 それが俺たちの目の前にいた。

 最下層はただ広いばかりで、特別な仕掛けどころか環境の再現すらない。

 木のような障害物があるわけでもなく、空洞が広がっているだけ。

 一体の魔物が、巨大な魔物がいるだけである。

 しかし、そいつの放つ迫力は、通常のモンスターどころかネームドすらも超えるものだった。

 なぜなら――。


「首が……八本」


 8つの凶暴な貌が、同じく8本の屈強な身体についていたからだ。

 すなわち、8体分の蛇の鋭い眼光が俺たちを射抜いている。


「大蛇が8体……八岐大蛇とでも表しましょうか。とにかく、壮観とも言えますね」


 魔物相手に壮観という言葉はどうかと思ったが、彼女の言う通り、感心してしまうほどの相手なのは間違いない。

 森の陰を喰って育ったかのような深い緑色の身体に、網目上の鱗。

 目を合わせた生物の動きを止めてしまいそうなほど冷酷な瞳。

 裂けたように大きく開く口からは、細長い舌が出し入れされている。

 口の中には細かい牙がびっしりと敷き詰められていて、噛まれでもしたらズタズタにされてしまう。

 それらをさらに際立たせているのが、途方もない大きさ。

 見上げるほどの体長をもつ大蛇が、8体身を繋いでいるというのだから、畏敬の念すら覚える。

 しかし、こんなにも恐ろしい相手だというのに、ミヤは興味深そうに八岐大蛇を見ているだけで、これから戦うことへの恐怖など感じていないかのようだった。


「大丈夫? もし一人で戦うのが不安なら、俺が一緒に――」

「いえ、お館様のお手を煩わせるまでもありません。ミヤ一人で十分です」


 この余裕に根拠はあるのだろうか。なければ困る。


「それに、ミヤの力で倒すからこそ、成長の証明になるのです」

「だとしても……」


 だとしても、ここまで危険そうな相手を選ぶ必要はないと思うのだが……そう言っても彼女は止まらないだろう。

 俺にできることと言えば、もしもの時のために備えるだけだ。


「では、始めましょうか。あなたに恨みはありませんが、これも仕方のないことだと割り切ってください」


 もう何度目だろうか。

 ミヤが紙札を取り出して構える。

 対する八岐大蛇も、餌に飢えているように口の端から涎を垂らしながら、各々の首でミヤを見つめた。

 今までの戦いを見た限り、確かにミヤは強い。

 札による発火は意表を突きやすいし、爆発もそれなりの威力がある。

 だが、大蛇相手ではどうだろうか。

 蛇の鱗というのは、死んだ細胞が硬化したものだ。

 もちろん衝撃にも強く、同時に一定属性の攻撃にも耐性がある。

 ここまで大柄で、それも8本もの首を持つ相手に今までの攻撃が通じるとは思えない。

 首はそれぞれ独立した動きができるようだし、リーチを考えても人間を遥かに凌駕している。

 ミヤでは相性が悪いと言わざるを得な――。


「まずは小手調べといきましょうか」


 まだ投げてもいないのに、札は一人でに彼女の前に、円を作るように整列し始めた。

 ミヤがパチンと指を鳴らすと、それぞれ8枚ほどの札に属性が付与される。


「……えっ?」


 炎だけではない。

 冷気で凍っているものや、見えないながらも荒れ狂う風を纏っているもの。

 岩で固められて硬度を増しているものに、毒がありそうな札が並んでいるのだ。


「八煌撃」


 その言葉と共に、札が大蛇の各頭に向かっていく。

 大蛇は一本の首で横薙ぎを、もう一本の首で叩きつけるようにそれを攻撃するが、札は、まるで風に乗る小鳥のように悠々と避け、魔物首の胴に衝撃を与えた。

 だが、やはり巨体に対しての効果は薄いようで、少しぐらついたものの、すぐに体勢を立て直している。

 反対に怒りを煽っているだけのようにも感じるが、ミヤは納得したように頷いた。


「左から二番目、氷結属性の攻撃をした首だけは、他のものより大きなダメージを受けているようです」

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