第109話 満ち欠け

 無くしたままにしておいた物を、ふと見つけた時の高揚感。


「そうか、伝承か」


 俺たちはきっと、ダンジョンの謎、その法則を狭く定義していたのだ。

 ミヤの言葉から、竹や狼、川を下る果実を取り上げた御伽噺が実在しているとわかる。

 しかし、もし仮に「御伽話」をなぞることを重要視しているダンジョンであれば、俺が見かけた河童がいるのはおかしいのではないか。

 インパクトのある見た目をしているし、川辺にたどり着いた時点で候補に上がりそうなものだ。

 もちろん、ミヤに聞いてみたら「ああ、そういえばこういうものもありました」と解決する可能性もあるが、他に月に関係する御伽話を思い付いていない以上、河童と月は法則外にあるということになる。

 それでは、解釈を広げてみるとどうだろう。

 御伽話は大まかに言えば言い伝え……伝承の一種である。

 口伝でも絵本でも方法は様々あると思うが、カグヤノムラに長く住んでいなかったミヤの記憶に残っている、つまり村の人なら大部分が知っている話のはず。

 そして、河童は魔物寄りの見た目で人の印象に残りやすく、危害を加えてこないということから、姿を現しても狩りの対象にならなかったのではないか。

 もちろん、突然現れた河童に、目撃者は腰を抜かすなり臨戦体制を取るなりするだろう。

 それに対して魔物らしき生物は驚き、逃げ出す。

 あの存在はなんだったのかと不思議に思った人間は、家に帰り、子供にその日の出来事を多少オーバーに話す。

 そういう都市伝説のようなものは、一代限りでは法螺話と同義だが、何代も重ねていくうちに信憑性を増していく。

 知名度も上がり、多くの人が常識のように知っている。

 要するに、河童も伝承の一種だ。


「ミヤ、月の神にまつわる言い伝えはない? この月……右から徐々に満ちていって、最後には綺麗な丸になる月に関係した常識でも良いんだけど……」

「……あります」


 彼女は、少しばかり思い出す時間をとったあと、ゆっくりと語り出した。


「これは確か、カグヤノムラを興した夫婦が迷っていた時の話です」


 自分たちが住める土地を探していた夫婦は、深い森の中で迷ってしまった。

 近くからは魔物の唸り声が聞こえるが、身重の妻を守りながら戦えるのかと、夫は焦りを覚える。

 立ち止まっていれば捕食者に位置を知られてしまうかもしれない、残された時間は多くはなかった。

 そんな時、妻は膝をつき、両手を重ねて月へと捧げた。

 すると、彼女の祈りが通じたのか、まだ新月を抜けたばかりの三日月が徐々に膨らんでいき、あっという間に満月になる。

 月はその光で夫婦に進むべき道を示し、彼らはその導きの終着点を村の中心地にしたのだ。


「……というのが月にまつわる言い伝えになります。つまり……」

「月が満ちる順番に攻撃していけばいいのかもしれない」


 ミヤは、三日月が少しずつ満ちていくように、一つずつ月を暗くしていく。

 時間が経過しても月が再点灯することはない。


「合ってるみたいだね」

「残りもやってしまいましょう」


 そうして最後に満月が残ると、それは眩く輝き始めた。

 光の筒が地表、俺たちの立つ地面に伸びていき、ある一点を照らす。

 照らされた地は揺れ、階段が現れる。

 最下層へ続く道だ。


「ま、まぐれであたっちゃったみたいだね。行こうか、はは……」


 目をきらめかせて俺を見てくるミヤ。

 恥ずかしくなって移動を促す。

 この後に待っているのは、おそらく名ありの魔物。

 どうやって最深部に辿り着いたのかはわからないが、相当力を溜め込んでいるはず。

 ミヤにもしものことがあってはならないと思い、気を引き締める。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る