第108話 星空

 1人になって程なくして、ミヤが上流の方から戻ってきた。

 階段が現れた時の地響きは彼女にも届いていたようで、俺をみるや否や恭しく頭を下げる。


「さすがお館様です。どれだけ待てども果実は流れて来ず、きっとミヤ一人では謎を解き明かせませんでした」

「あ、あぁ……ありがとう」


 実際にはミヤの考え方であってたんだけどね?

 ただ、これから次の階層だというのに、河童の話をしてしまうとややこしいだろう。

 彼のことは酒の席にとっておいて、ひとまずダンジョンの攻略に集中する。


「……これは…………」

「うん、そうだね。この下にいるみたいだ」


 階段を降りるにつれて、背筋を凍り付かせるような気配が強くなっていく。

 おそらく、この階層を抜けた先が最深部だ。

 強敵との戦闘が控えているわけだし、一段と気を引きしめようと、足取りを強くする。


「さて、次の階層は……また印象が変わったね……」


 満天の星空。

 誰が見ても、間違いなく同様に答えるだろう。

 本来であれば足元すらまともに見ることのできないであろう暗闇だが、空……天井に瞬く数多くの星の光によって、視界が確保される。

 仮にこの階に魔物がいたとして、そいつが美しさを理解できないのだとしたら、さぞ多くの冒険者が命を落とすことになるのではないかと、そう感じた。


「ミヤたちの家から見上げた空に負けない程の美しさですね」


 彼女のいう「ミヤたちの家」というのは、共に過ごした山中の家のことだろう。

 確かに、人里離れた場所でしか味わうことのできない、何も侵されていない自然の迫力がある。

 しかし、よくよく目を凝らしてみると、明らかに不審な部分を発見した。


「なんか、月多くない?」

「多いですね」


 大きさこそ外の世界のそれより小さいが、数は一つのはず。

 だが、この階層から見える月は、10個にも上っているのだ。

 それだけではない。全てが完全な円形になっているのではなく、三日月や半月と、一つとして同じ形はなかった。


「これがこの階層での謎……なのでしょう。とりあえず撃ち落としてみますか」

「えっ」


 ミヤは紙札を鋭く投げる。

 月に届くわけないと思うも、札はどんどん小さくなっていき、やがて半月の表面を少し焦がすと、月そのものの明かりが消える。


「見かけほど遠くないようですね」


 現実世界の月と同じ高さにあるわけではなく、遠近法なり何なりを利用しているだけなのかもしれない。

 そうやって考察していると、消えた半月に再び光が灯った。


「これは……」

「不正解ってことかな?」


 明かりがつくだけで、階段が現れる際の地響きは起きない。

 まだ謎の答えに辿り着けていないのだ。


「十中八九、この多すぎる月が関係してるよね」

「はい、これでは月のありがたみもなくなってしまいます」


 とはいえ、これらがどのような謎を提示しているのかわからない。

 今の所判明しているのは、月はそれぞれ異なる形状で、一つとして同じものはない。

 高くはあれど、意外と月までの距離は近く、遠距離攻撃は届く。

 そして、衝撃を与えることで月は光を失い、しばらく経った後、復活する。

 全く根拠はないが、この異様に増殖した月を減らす、または暗くして無くなったように見せることが、この階層を突破することに繋がるのではないか。


「竹の中の……っていう御伽話の他に、月に関係するものはあるの?」

「いえ……ミヤの知る限りはありません」

「そっかぁ」


 今までの階層の攻略法には「カグヤノムラに伝わる御伽話」という共通点があった。

 だから、他にも月に関係する言い伝えがあると思ったのだが。


「……言い伝え?」

「……? どうかされましたか?」


 自分の思考に引っかかりを覚えて、それを口に出してしまった。


「言い伝え……伝承?」

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