第105話 岩の魔物

 襲ってくる竹こそいたものの、のどかな自然を感じさせた一階層と違い、二階層は荒々しい岩肌に縁取られていた。


「やっぱり、こう唐突に景色が変わるのは慣れないなぁ」


 森と山は近しい地形ではあるが、中間地点というか、どちらの要素も含んだ場所を経由して徐々に様相が変化していくものだ。

 ここまで勢いよく異質になるのは少し不気味に感じる。


「まずは周囲を探索してみましょうか。一階層と同じように謎を解いて下に降りるタイプかもしれませんし」


 ミヤの後に続き、ごつごつとした壁面に手を触れながら歩いていく。

 何かしらの魔物が現れると思っていたが、見晴らしのいい視界の中には俺たち以外の生物は存在せず、気配もしない。

 何も起こらないまで十数分が経過した頃、行き止まりの壁が見えてきた。


「……お? 何かあるみたいだな」

「そのようですね。狼、のような……」


 俺の腰から頭ほどの大きさの、巨大な狼の顔。

 それが突き当たりに設置されていた。

 いや、設置されていたという表現は正しくない。

 色や毛並みこそ、遠目から見れば本物の狼と相違ないが、これは彫られたものだ。

 壁面に、極めて精巧に彫られた狼の彫刻である。


「ここに芸術家が来て、暇つぶしに彫っていった……わけないよね」

「やはり何かしらの謎のようですね。手がかりになりそうなものを探しましょうか」


 頷き、歩き出そうとしたが、立ち止まる。

 好奇心に駆られて、狼の頭を撫でてみたくなったのだ。

 毛の一本一本まで丁寧に彫られた「作品」とも言うべきそれは、本当に彫られたものなのか。

 見た目と触り心地が乖離していると、自分の脳はどのように感じるのか。

 確かめたくなって、一撫でしてみた。


「……本当に石だな。柔らかさのかけらもない」


 微笑で俺をみているミヤに感想を述べ、彼女の方へ進もうとすると、微かに気配を感じる。

 先ほどまで道端の岩だと思っていたものが、ゆっくりと動き出したのだ。

 身体の組織的なものか、それとも長い間訪れた者がいなかったからか、岩は身体の凝りに悩まされているように、徐々に立ち上がる。

 あっという間に俺を越す背丈になった、人型の岩たち。


「ゴーレムですね。お館様が狼に触れたのが引き金となって動き出したようです」


 ゴーレムという魔物たちは、たちまち重そうな拳で攻撃してくるが、鈍重そうな外見と同様に、距離を取るのは容易い。

 だが、果たしてミヤはゴーレムにダメージを与えることはできるだろうか?

 彼女の主力は紙札による発火だろうから、岩に対しては効果は期待できない。

 ここは保護者として、俺がこいつらを――。


「ふん」


 言葉の強さとは裏腹に、ひどく弱々しい声で放たれた札は、ゴーレムたちの関節、岩の繋ぎ目の隙間に入り込む。

 次の瞬間、札が爆発して岩の魔物たちは粉々に砕け散っていった。


「関節は衝撃に弱いものです。意外と簡単に折れるのですよ」

「……それ、魔物の話だよね?」


 真顔のミヤがあまりに怖くて、思わず目を逸らしてしまった。

 とはいえ、無事に魔物を撃破することはできた。


「あぁ、ミヤはこの階層の謎も解き明かしました」

「聞かせてもらってもいいかな?」


 彼女は何を思ったか、物体となってしまった岩をいくつか拾うと、狼の口の中に放り込んだ。

 がこん、と何かが動くような音がして、下へと続く階段が現れる。


「これも御伽話です。久しぶりに祖母に会おうと幼子が尋ねると、そこにいたのは巨大な狼でした。肉に飢えていた狼は幼子の祖母を丸呑みし、タイミングよく訪れた幼子をも、騙して食べてしまおうとするのです」

「そ、それで……?」

「賢いその子は、自分の祖母に対するように優しく狼に接し、気持ちよく眠らせることに成功するのです。そして、狼は眠るその直前、子供の純粋さに心打たれて、自分が祖母の代わりになろうと決意します。ですが、胸に復讐心を秘めた幼子は寝ている狼の口の中に石を詰め込み、それを手に取った胃の中の祖母によって、内臓から破壊されたのです。めでたしめでたし」


 大体流れは理解できてんだけど、カグヤノムラの御伽話怖くない?

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