第106話 きゅうり

 続いて三階層は、清らかな川の流れる構造になっていた。

 岩窟を抜けた先にあるのが美しい川だというのは、いかにもな物語のようで面白い。


「今までの流れ的に、この階層も謎を解いたらいいのかな」

「そのように思います。ミヤの知る限り川が重要な御伽話は一つしかありませんが……どうでしょう」


 竹のエリアでは切った竹の中に、岩のエリアでは狼の口の中に岩を詰めるという方法で、それぞれ先へ進む道が現れた。

 どちらもカグヤノムラに伝わる御伽話が由来になっているようだし、今回もその例に漏れないだろう。


「今回はどんな内容なの?」

「ある老人が、川の上流から流れてきた巨大な果物を発見しました。物珍しさからそれを持ち帰った老人が半分に切ろうとすると……」

「すると……?」

「なんと中には赤ん坊が入っていたのです」

「また入ってる系なのか」


 竹といい果物といい、間違えて切ってしまったら大惨事だな。


「そして、すくすくと育った赤ん坊はいずれ勇者へと成長し、近隣国を従えて老人を世界の支配者へと――」

「やっぱカグヤノムラ物騒だよね!?」


 それぞれの製作者が同じとは限らないが、仮に一人の人間が生み出しているのなら、かなりアグレッシブな人物だと思う。


「ま、まぁ、とにかく今回は川から流れてくる果物がキーポイントになるだろうね」

「はい。少し待ってみましょうか」


 こうして俺たちは、果物を待つ傍ら昼食をとることにした。


「それでは、こちら村で採れた新鮮な野菜でございます。本日は健康志向で選んでみました」

「ありがとう。いただきます」


 満腹まで食べてしまえば戦いに支障がでるし、野菜で済ませるというのは探索面、健康面の両面において良い選択だった。

 真っ赤に熟していて甘いトマトやなめらかな表皮のにんじん。

 中でも一段と美味しかったのはきゅうりだ。

 色が濃く、張りがあり、歯を入れると心地の良い音を出してくれた。

 瑞々しい味わいが探索での疲労を癒してくれ、さらにミヤが持ってきてくれた味噌をつけて食べることで、革命的な変化が起こる。

 肉などと比べて薄味と言わざるを得ない野菜だが、味噌と合わせることで丁度いい濃さになるのだ。


「ミヤは少し上流を見てきますので、お館様はお気になさらずお休みになってください」


 なかなか果物が流れてこないからか、ミヤはそう告げて歩いて行った。

 俺はお言葉に甘えて、もう少しゆっくりしよう。

 河原に寝そべると、身体に蓄積された疲れが地面に溶けていくような気がした。

 川のせせらぎが耳を癒し、油断すると眠ってしまいそうだ。

 まぁ、この階層には強い魔物は出てこないだろうし、少しくらい寝ても――。

 そう思った矢先、近くの草が揺れる音が聞こえる。

 風によって生み出された音ではなく、生物が歩き、その重みが草を潰した音が、こちらに徐々に近づいてくる。

 目を閉じたまま足音の特徴を探るが、少なくともミヤのものではない。

 歩幅が成人男性ほどで、気配の消し方は下手ではないが、俺の教え子であればもっと繊細に動けるはずだ。

 ……いや、これは本来の技術ではない。

 足音の間隔が一定ではなく、何かに焦っているようだ。

 なんにせよ、ダンジョンの侵入者である俺に危害を加えるつもりだろう。

 ミヤには戦うなと言われているが、彼女がいない以上仕方ない。

 俺は拳を固く握り、目を開けて足音の方へ向き直った。


「――ひ、ひえぇぇぇえぇぇ!?」

「…………ひえぇ?」


 まだ何もしていないのだが、目の前の魔物は情けない声をあげて腰を抜かしている。

 そして、その姿を見て、俺も少なからず動揺していた。

 背丈は子供と大人の中間ほどで、スラリとした体型だったが、全身が草原のような緑色をしている。

 口には黄色い嘴が付いていて、そして頭部には。

 ――真っ白な皿が乗っていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る