第103話 証明

 ミヤは目を開けたまま、まっすぐに魔物を見ていた。

 だからこそ、それが凄まじい速度で殴り飛ばされたことに、驚かずにいられない。


「――ふぅ。危ないところだった、大丈夫?」


 額に汗をかきながら、ジオは問いかける。

 親というか本体というか、とにかく構造を同じくする仲間が一撃で吹き飛ばされたことに危機感を抱いた残りの魔物達は、ミヤから手を離して、目の前の危険な生物に攻撃した。

 しかし、勢いよく放たれる拳は手のひらで軽くいなされ、一体は裏拳で、もう一体はローキックで体勢を崩された後、頭部を蹴り飛ばされ動かなくなった。


「頭がいい上に分裂するんだよね、こいつら。食べたらかなり美味しいんだけどさ。今晩はきのこ鍋に――」

「どうしてですか?」


 まず最初にするのは感謝で、次に謝罪であると。

 勝手に飛び出した自分を追いかけてきてくれたこと、二度も命を救ってくれたことへの感謝。

 そして、同じく身勝手な行動への謝罪。

 自分が言うべきことはわかっていたのに、ミヤは、思わず疑問を投げかけてしまった。

 行動に対する理由の方が気になってしまった。

 叱るわけでもなく、当然の様に済ませ、魔物の死骸を回収しようとしている姿に疑問を抱いたのだ。

 ミヤにとっては、この問いは未だ解明されない世界の謎の様なものだった。

 だが、ジオはそんな最大の問題に対し、仰々しく答えるわけでもなく、むしろ恥ずかしそうに口を開いた。


「ほら、まぁその……愛、的な?」


 呆けたように口を開けたままのミヤを見て、慌てて言い直す。


「子供の頃なんて、誰でも間違えることはあるよ。大切なのは学ぶことでしょ? ミヤは賢いし、反省してるのは顔を見ればわかるよ。だからほら、帰って飯にしよう」

「……はい」


 自分の言葉がどれだけ相手に響いたのか、ジオには想像することしかできない。

 だが、彼の差し出した手を握る少女の顔が明るいのを見て、満足そうに笑みを浮かべた。


 ・


「あの日のお鍋は絶品でしたね」

「そうだね。こういう話をすると家が恋しくなってくるな……」


 今は一人で――ルーエもいるが――住んでいるが、思い出がなくなるわけではない。

 こうして過去の記憶を漁ると、山中のぽつんとした家に戻りたい衝動に駆られる。

 だが、それは今でなくても良い。

 もう少し子供達の成長を見てから、新しい宝物を持ち帰ることにする。


「……今更なんだけど、俺たちってとこに向かってるの?」


 よくよく考えると、ミヤが案内してくれると言っていたが、目的地を聞いていなかった。

 会話と回想に夢中になるばかりで、周囲の風景が変わっていることに今頃気付く。

 俺たちはとうにカグヤノムラを飛び出し、森の中を歩いている。


「あの時、ミヤは学びました」

「学んだ?」


 視線は前方に向いていたが、俺の言葉は耳に届いているようだ。

 それで、一体何を学んだのだろうか。


「愛の証明とは、相手のありのままを受け入れることだと。共に成長していくことだと」

「はぁ……」


 相槌を打ってはいるものの、正直話が見えてこない。


「容姿や強さが重要なのではないと」


 大切なのは心だ、みたいなことか?


「それはそうと、強く在る方がお館様も安心できるはず。ミヤは考えておりました」


 ……ん?

 なんだか流れが変わってきてないか?

 森の先に洞窟のような窪みが見えてきたし。


「えーと……ミヤさん? ここは……」

「ダンジョンです」

「ダンジョン!? 観光は!?」


 通りで人気が少ないわけだ。

 もしかしなくとも、これからこの洞窟に入るのか。


「このダンジョンには、近頃凶悪な魔物が住み着いているようです」


 凶悪な……つまりネームド・モンスターがいるようだ。

 洞窟からはただならぬ冷気が漂っているし、彼女の言葉が嘘を言っているようには見えない。


「……それで、凶悪な魔物がいるダンジョンにわざわざ来た理由は? 依頼を受けているわけでもないし、こんな森の奥から村に出てくるとも思えないんだけど」

「今からミヤが、このダンジョンを制覇してご覧に入れます。そして、あの時果たせなかった成長の証明を、いたします」

「あぁ、そういう……」


 また面倒なことに巻き込まれてしまったと、ため息をついた。

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